第6章「プロトタイプ1号の完成」
完成した魔導車プロトタイプ2号機は、王立研究所の中庭で披露されることになった。
エリシアが手配してくれたのだ。王都の有力者たち、商人、貴族、そして技術者ギルドのメンバーを招待した。カイトにとっては、初めての大規模なプレゼンテーションだった。
朝から、カイトは緊張していた。何度もハンドルの動きを確認し、魔法陣を点検し、座席のクッションを直した。
「落ち着けよ、カイト」
ガンダルが肩を叩いた。
「お前の作った車は最高だ。自信を持て」
「そうよ。魔法陣の効率は完璧。問題ないわ」
リリアも励ましてくれた。
カイトは深呼吸した。そして、頷いた。
「ありがとう。やってみる」
正午、招待客たちが中庭に集まり始めた。
豪華な服を着た貴族たち、商人のグループ、そして技術者ギルドのメンバー。フェリックスもいる。彼は、相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。
エリシアが、演台に立った。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。これより、革新的な技術をご覧いただきます。魔法で動く車、魔導車です」
ざわめきが起こった。
「魔法で動く車?」
「そんなものが本当に?」
「また王女様の道楽か」
囁き声が聞こえる。カイトは拳を握りしめた。
エリシアは続けた。
「開発者は、カイトという若き技術者です。彼は、独学でこの技術を開発しました。それでは、実演をご覧ください」
エリシアが合図すると、カイトは魔導車に乗り込んだ。深呼吸。手のひらに汗が滲む。
魔力を注ぐ。
魔法陣が輝く。
車輪が回り始める。
そして、車が動き出した。
観客たちが、息を呑んだ。
カイトは、中庭を一周した。速度を上げ、カーブを曲がり、そして急停止してみせた。
完璧だった。
車を停めると、しばらく沈黙が続いた。そして――拍手が起こった。
まばらだったが、確かに拍手があった。
「すごい!」
「本当に動いた!」
「魔法で車が動くなんて!」
だが、フェリックスは拍手していなかった。彼は腕を組み、眉をひそめていた。
「質問があります」
フェリックスが手を挙げた。カイトは頷いた。
「どうぞ」
「その車は、どれくらいの距離を走れるのですか?」
「現在の魔力効率では、一回の魔力注入で約三十キロメートル走行可能です」
「三十キロ? たったそれだけですか。馬なら、一日で百キロは走れますよ」
フェリックスの声には、嘲りがあった。カイトは冷静に答えた。
「馬は休息と餌が必要です。魔導車は、魔力が回復すればすぐに走れます。そして、魔法陣の改良により、さらに効率を上げることが可能です」
「可能性の話ですか。現実的ではない」
「現実的です。既に、効率を二倍にする魔法陣の試作ができています」
カイトは、リリアを見た。リリアが頷く。
「本当よ。私が設計したんだから」
フェリックスは、リリアを睨んだ。
「子供の戯言など、信用できません」
「子供だって? 失礼ね!」
リリアが怒る。だが、カイトが手で制した。
「では、実証してみせましょう」
カイトは、懐から新しい魔法陣の図面を取り出した。そして、その場で車輪に刻み始めた。
観客たちが、固唾を呑んで見守る。
十分後、新しい魔法陣が完成した。カイトは再び車に乗り込み、魔力を注いだ。
車が動き出す。だが、今度は明らかに速い。そして、滑らかだ。
カイトは中庭を三周した。そして停車した。
「先ほどと同じ魔力量で、三倍の距離を走りました」
観客たちがどよめいた。フェリックスの顔が、歪んだ。
「……まぐれでしょう」
「まぐれではありません。技術です」
カイトは真っ直ぐにフェリックスを見た。
「魔導車は、改良の余地がまだたくさんあります。将来的には、誰でも使える、安価な移動手段になります」
「安価? 笑わせないでください。その車を作るのに、いくらかかったのですか?」
カイトは、少し躊躇した。実際、かなりの費用がかかっている。エリシアが資金を提供してくれたが、それでも一台あたりの コストは高い。
「現在は、試作品なので高価です。ですが、量産すればコストは下がります」
「量産? どうやって?」
「工程を分割し、専門化します。一人が全てを作るのではなく、部品ごとに担当を分ける。そして、規格を統一し、互換性を持たせる。そうすれば、効率が上がり、コストが下がります」
カイトは、前世の生産技術の知識を語った。
だが、フェリックスには理解できなかったようだ。
「意味不明です。所詮、夢物語に過ぎません」
フェリックスは鼻で笑った。だが、観客の中には、カイトの言葉に興味を示している者もいた。
一人の商人が手を挙げた。
「カイト君、その車を売ってくれないか? 私は運送業を営んでいるんだが、これは使えそうだ」
「ありがとうございます。ですが、まだ販売できる段階ではありません。もっと改良が必要です」
「では、改良が終わったら、ぜひ声をかけてくれ」
商人は名刺を差し出した。カイトは受け取り、深く頭を下げた。
「必ず」
こうして、プレゼンテーションは成功に終わった。全員を納得させることはできなかったが、関心を持つ人々は確実に増えた。
カイトは、小さな一歩を踏み出した。
その夜、工房で祝杯を挙げた。
といっても、酒は飲めないので、リリアが作ったフルーツジュースで乾杯した。
「今日はよくやったな、カイト」
ガンダルが笑った。
「まだまだよ。これからが本番」
リリアも言った。
エリシアも、嬉しそうに微笑んでいた。
「カイト、あなたの技術は本物です。必ず、世界を変えるでしょう」
「ありがとうございます、エリシア様。でも、まだやるべきことは山積みです」
カイトは、窓の外を見た。王都の夜景が広がっている。無数の灯りが、星のように瞬いている。
この街の人々に、魔導車を届けたい。そして、さらにその先へ。
「次は、量産体制を構築します」
カイトは、仲間たちに向き直った。
「一台ずつ手作りしていては、いつまで経っても普及しません。工場を作り、生産ラインを整備し、大量生産を実現します」
「工場? そんな大規模なこと、できるのか?」
ガンダルが眉を寄せた。
「できます。というか、やらなければなりません」
カイトは、紙に工場のレイアウトを描き始めた。
「まず、作業を工程ごとに分割します。フレーム製作、車輪製作、魔法陣刻印、組み立て、検査。それぞれに専門の作業員を配置します」
「専門の作業員? どこから集めるんだ?」
「募集します。技能は、教えます。重要なのは、やる気と規律です」
カイトは、前世の製造現場を思い出していた。タクトタイムに沿って動く作業員たち。標準作業を守り、改善を続ける文化。
「そして、品質管理も徹底します。不良品を出さないために、各工程でチェックを行います」
「それは……大変そうだな」
ガンダルが唸った。
「大変です。でも、やります」
カイトの目は、燃えていた。
翌日、カイトはエリシアに工場建設の提案をした。
「工場……ですか」
エリシアは、カイトの書いた計画書を読んでいた。
「はい。現在の工房では、年に数台しか作れません。ですが、工場を作れば、年に数百台、いや数千台も作れます」
「ですが、それには莫大な資金が必要です。土地の購入、建物の建設、設備の導入……」
「わかっています。ですが、投資に見合うだけのリターンがあります」
カイトは、収益計画を示した。
「一台の魔導車を、金貨十枚で販売すると仮定します。原価は、量産すれば金貨三枚まで下げられます。利益は七枚。年に千台売れば、金貨七千枚の利益です」
エリシアは目を見開いた。
「七千枚……? それは、小さな領地の年間税収に匹敵します」
「はい。そして、これはあくまで初年度の予測です。需要が高まれば、さらに拡大できます」
エリシアは、しばらく考え込んでいた。そして、ゆっくりと頷いた。
「わかりました。父に相談してみます。王家の予算から、投資できるか」
「ありがとうございます!」
カイトは深く頭を下げた。
数日後、エリシアから返事が来た。
「父が、承認してくれました」
「本当ですか!」
「はい。ただし、条件があります。工場の運営が軌道に乗るまで、王家が監督します。そして、利益の一部を、王家に還元すること」
「もちろんです。むしろ、ご指導いただけるなら嬉しいです」
カイトは、エリシアの手を握った。エリシアは少し驚いたが、優しく微笑んだ。
「一緒に、成功させましょう、カイト」
「はい!」
こうして、魔導車工場の建設プロジェクトが始動した。
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