第5章「パトロンとの出会い」

王立研究所の一角に与えられた工房は、小さかった。三メートル四方ほどの部屋に、古びた作業台と、錆びた工具がいくつか置かれているだけ。窓は一つ、天井は低く、夏は暑く冬は寒いだろうことが容易に想像できた。


だが、カイトにとっては十分だった。


「ここが、私の工房……」


カイトは部屋の中央に立ち、ゆっくりと周囲を見回した。壁には、前の使用者が残したのだろう、魔法陣の落書きが残っている。床には、金属の削りカスが散らばっていた。


エリシアが、後ろから声をかけた。


「狭くて申し訳ありません。もっと良い場所があれば良かったのですが……」


「いえ、十分です。ここで、もっと良い魔導車を作ります」


カイトは振り返り、深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます、エリシア様。あなたがいなければ、僕はここにいることすらできませんでした」


エリシアは優しく微笑んだ。


「礼には及びません。私は、あなたの技術に可能性を感じたのです。それに……」


彼女は少し視線を逸らした。


「私も、技術者ギルドのやり方には、疑問を感じていました。彼らは伝統を盾に、新しい挑戦を拒んでいる。それでは、この国は発展しません」


「エリシア様は、技術に詳しいのですか?」


「少しだけ。幼い頃から、魔法や機械に興味がありました。ですが、王女という立場上、自由に研究することは許されませんでした」


エリシアの声には、わずかな寂しさが滲んでいた。


カイトは、彼女の横顔を見た。美しい金髪が、窓から差し込む光を受けて輝いている。だが、その目には、何か満たされないものを求めるような色があった。


「エリシア様、もしよろしければ、僕の研究を手伝っていただけませんか?」


エリシアは驚いたように、カイトを見た。


「私が? ですが、私には専門知識が……」


「大丈夫です。一緒に学びましょう。魔法のことは、僕もまだ分からないことだらけです」


カイトは笑顔を浮かべた。エリシアは、しばらく考え込んでいた。そして、ゆっくりと頷いた。


「わかりました。時間が許す限り、協力させていただきます」


「ありがとうございます!」


こうして、カイトとエリシアの共同研究が始まった。


翌日、カイトは工房の掃除から始めた。床を掃き、壁を拭き、工具を整理する。使えるものと使えないものを分別し、足りないものをリストアップした。


必要なものは多かった。金属加工用の道具、木材、魔法陣を刻むための彫刻刀、そして何より、資材を購入するための資金。


カイトは頭を抱えた。村では、廃材を使って何とかしてきた。だが、王都でそれは通用しない。全て、金を払って買わなければならない。


だが、カイトには一文も金がない。


「どうしたものか……」


その時、工房の扉がノックされた。


「入ってます」


扉が開き、小柄な人影が入ってきた。いや、人ではない。


背丈は一メートルほど。筋骨隆々とした体に、長い顎髭。鋼のような灰色の肌。そして、腰には巨大なハンマーを下げている。


ドワーフだ。


「よう、新入りか」


ドワーフは、太い声で言った。カイトは頷いた。


「はい。カイトといいます」


「俺はガンダルだ。元鍛冶職人さ」


ガンダルは、工房の中を見回した。そして、魔導カートに目を留めた。


「ほう……これを作ったのか?」


「はい」


ガンダルはカートに近づき、車輪を叩いた。コンコンと乾いた音がする。


「木製か。頑丈だが、重い。金属で作った方が軽くなるぞ」


「金属……ですか」


「ああ。鉄を薄く延ばして、リムを作る。そうすれば、強度を保ったまま軽量化できる」


カイトの目が輝いた。


「それです! 僕もそれを考えていました。ですが、金属加工の技術がなくて……」


「ふむ。なら、俺が手伝ってやろうか」


「本当ですか!」


「ああ。だが、タダじゃねえぞ。俺にも、この魔導車とやらに興味がある。協力する代わりに、技術を教えてもらう。どうだ?」


カイトは即座に頷いた。


「お願いします! ガンダルさん」


ガンダルは、豪快に笑った。


「よし、決まりだ。さっそく始めるか」


こうして、カイトは最初の仲間を得た。


その日の午後、さらにもう一人、工房を訪れた。


小さな少女だった。年は十歳くらいだろうか。銀色の長い髪に、紫色の瞳。白いローブを着て、手には杖を持っている。


「ここが、魔法で動く車を作ってる場所?」


少女は、大きな目でカイトを見上げた。カイトは頷いた。


「そうだけど、君は?」


「リリアっていうの。魔法使いよ」


「魔法使い? こんな小さいのに?」


「小さくて悪かったわね!」


リリアは頬を膨らませた。だが、すぐに真面目な顔になった。


「魔法で動く車、見せて」


カイトは魔導カートを指差した。リリアは近づき、魔法陣を凝視した。


「これが魔法陣……面白い構造ね。放射状に魔力を分散させて、回転力に変換している。でも、効率が悪いわ」


「え?」


「ここの陣の繋ぎ方が間違ってる。魔力がここで渦を巻いてる。だから、エネルギーロスが大きいのよ」


リリアは、杖で魔法陣の一部を指した。カイトは目を見開いた。


「本当ですか?」


「本当よ。私、魔法陣の専門家だもん。ちょっと待って」


リリアは、地面に新しい魔法陣を描き始めた。チョークで、素早く、だが正確に。


「こうやって、陣の角度を少し変えて、ここに補助線を入れる。そうすれば、魔力の流れがスムーズになる」


カイトは、その魔法陣を見た。確かに、自分が描いたものより洗練されている。


「すごい……」


「でしょ? だから、私を仲間に入れてよ」


「仲間?」


「そう。私も、この車の開発に参加したいの。面白そうだから」


カイトは、リリアを見た。自信に満ちた目。そして、純粋な好奇心の輝き。


「わかった。一緒にやろう、リリア」


「やった!」


リリアは嬉しそうに飛び跳ねた。


こうして、カイトのチームは三人になった。


商品企画のマネージャーだったカイト、鍛冶職人のガンダル、そして天才魔法使いのリリア。異なる専門性を持つ三人が、一つの目標に向かって動き始めた。


その夜、三人は工房に集まり、最初のミーティングを開いた。


「まず、目標を明確にしよう」


カイトは、紙に図を描きながら言った。


「今の魔導カートは、試作品だ。実用レベルには程遠い。速度が遅い、魔力消費が激しい、操作が難しい。これらを全て改善して、誰でも使える魔導車を作る」


「具体的には?」


ガンダルが尋ねた。カイトは、リストを読み上げた。


「第一に、速度の向上。目標は、馬車の二倍の速さ。第二に、魔力効率の改善。一回の魔力注入で、少なくとも半日は走れるようにする。第三に、操作性の向上。ハンドル、アクセル、ブレーキを整備する。第四に、快適性。座席をクッション付きにし、サスペンションを追加する」


「欲張りだな」


ガンダルは笑った。だが、その目は真剣だった。


「だが、やりがいがある。俺も、本気でやらせてもらうぜ」


リリアも頷いた。


「魔法陣の最適化は、私に任せて。絶対に効率を上げてみせる」


カイトは、二人を見た。この仲間たちとなら、できる。


「よし、じゃあ役割分担をしよう。ガンダルは、フレームと車輪の金属加工。リリアは、魔法陣の設計。僕は、全体の設計と組み立て。それでいい?」


「OK」


「任せて」


三人は手を重ねた。小さな手、ゴツゴツした手、そして少年の手。


「魔導車プロジェクト、始動だ」


カイトの声が、小さな工房に響いた。


翌日から、三人は猛烈に働いた。


ガンダルは、鍛冶場で鉄を打った。火花が散り、金属が赤く輝く。彼は、薄くて丈夫な鉄板を作り出し、それを曲げて車輪のリムを成形した。


リリアは、図書館にこもって古い魔法書を読み漁った。そして、何十種類もの魔法陣を試し、最も効率の良いものを見つけ出した。


カイトは、設計図を何度も書き直した。前世の自動車工学の知識を総動員し、この世界の技術レベルで実現可能な設計を練り上げた。


エリシアも、時間を見つけては工房を訪れた。彼女は、資材の調達を手伝い、時には自ら魔法陣のテストに参加した。


一ヶ月が経過した。


そして、ついに新しい魔導車が完成した。


「プロトタイプ2号機、完成だ」


カイトは、工房の中央に置かれた車を見つめた。


木製のフレームに、鉄のリムを持つ車輪。流線型に近い形状のボディ。二人乗りの座席には、羊毛のクッション。そして、後輪には、リリアが設計した新型の魔法陣が刻まれている。


「美しい……」


エリシアが呟いた。ガンダルとリリアも、満足げに頷いている。


「さあ、テストドライブだ」


カイトは車に乗り込んだ。エリシアが助手席に座る。


「準備はいい?」


「はい」


カイトは魔力を注いだ。


魔法陣が、淡く光る。


そして――車が、動き出した。


滑らかに。静かに。だが、確実に。


速度が上がる。以前の二倍、いや三倍の速さだ。風が顔を撫でる。


「すごい!」


エリシアが叫んだ。


カイトはハンドルを切った。車は、思い通りに曲がった。ブレーキを踏むと、滑らかに減速した。


「成功だ!」


カイトは叫んだ。


工房に戻ると、ガンダルとリリアが拍手で迎えてくれた。


「やったな、カイト!」


「これなら、実用レベルね!」


カイトは、涙が出そうになった。前世で夢見ていたこと。人々に移動の自由を提供すること。それが、この世界で実現しつつある。


「みんな、ありがとう。でも、これはまだ始まりだ」


カイトは、仲間たちを見た。


「次は、量産だ。一台だけじゃない、何十台、何百台と作って、多くの人に届ける」


「量産……か。大変だぞ」


ガンダルが腕を組んだ。


「ああ。でも、やる。必ず」


カイトの目は、未来を見据えていた。


これから、本当の戦いが始まる。

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