第4章「王都の門前払い」

王都への道は、想像以上に過酷だった。


舗装されていない道は、雨が降れば泥濘と化し、晴れれば埃が舞い上がる。魔導カートの木製車輪は、石や穴に何度もぶつかり、軋んだ。一度、車軸が折れかけて、カイトは半日かけて修理した。


魔力の消費も問題だった。カイト一人の魔力では、一日中走り続けることはできない。数時間走っては休憩し、魔力が回復するのを待つ。その間、カイトは道端で野宿した。


夜は寒かった。毛布一枚では足りず、震えながら眠った。野犬の遠吠えが聞こえる夜もあった。


だが、カイトは諦めなかった。


道中、いくつかの村を通過した。そこで、魔導カートは常に注目を集めた。


「なんだあれは!」


「馬も牛もいないのに動いてるぞ!」


「魔法使いか?」


村人たちは驚き、怖れ、そして興味を示した。何人かは、カートに乗せてくれと頼んできた。カイトは快く応じた。


「これは、魔法で動く車です。将来、誰でも使えるようにしたいんです」


そう説明すると、多くの人は目を輝かせた。だが、中には疑いの目を向ける者もいた。


「魔法なんて、貴族のもんだろ。俺たちには関係ない」


「どうせ高くて買えないさ」


カイトは、そういう声にも真摯に答えた。


「いえ、これは高価なものではありません。木と鉄と、少しの魔法陣だけで作れます。量産すれば、もっと安くできます」


「量産?」


「たくさん作る、ということです。一つ一つ手作りするのではなく、工程を分けて、効率的に作る。そうすれば、コストが下がります」


村人たちは、半信半疑の顔をしていた。だが、カイトの熱意は伝わったようだった。


十日目、カイトはついに王都の城壁を目にした。


巨大だった。高さ二十メートルはあろうかという石造りの壁が、地平線まで続いている。壁の上には見張り台があり、兵士たちが弓を構えている。


城門は開いていたが、門番が厳しい顔で見張っていた。


カイトは魔導カートを停め、門番に近づいた。


「入城許可を」


「許可証は?」


「持っていません。ですが、推薦状があります」


カイトはグレンが書いてくれた推薦状を差し出した。門番は受け取り、封を破って中を読んだ。眉を寄せる。


「……辺境の村の長老からの推薦状、か。技術者ギルドに用があると?」


「はい。私は、新しい技術を開発しました。それを王都の技術者の方々に見ていただきたいんです」


門番は、魔導カートを見た。そして、鼻で笑った。


「そのボロ車が、新しい技術だと?」


「はい。これは魔法で動きます。馬も牛も必要ありません」


「魔法で動く?嘘をつくな、小僧」


門番は推薦状をカイトに投げ返した。


「帰れ。王都に、お前のような乞食は必要ない」


カイトは推薦状を拾い上げた。泥が付いている。それを丁寧に拭い、もう一度門番に向き直った。


「お願いです。見てください。本当に動くんです」


「しつこいぞ。失せろ、でなければ牢にぶち込むぞ」


門番が剣の柄に手をかけた。カイトは後ずさった。


他の門番たちも、こちらを睨んでいる。これ以上食い下がれば、本当に捕まってしまうかもしれない。


カイトは唇を噛んだ。どうする。


その時、後ろから声がかかった。


「何があったのですか?」


振り向くと、若い女性が立っていた。美しい金髪に、青い瞳。上質な絹のドレスを着ている。その後ろには、武装した護衛が数人。


明らかに、高貴な身分の人だ。


門番たちは慌てて跪いた。


「エリシア様!」


エリシア。この名前に、カイトは聞き覚えがあった。王女だ。この国の第二王女、エリシア・フォン・アルトリア。


「この少年が何か?」


エリシアが門番に尋ねた。門番は顔を上げずに答えた。


「いえ、ただの田舎者です。変な車を持ち込もうとしていたので、追い返そうとしていたところです」


「変な車?」


エリシアは興味を示した。カイトの方を見る。


「少年、その車を見せていただけますか?」


カイトは頷いた。


「はい。こちらです」


エリシアは魔導カートに近づいた。じっくりと観察する。車輪に刻まれた魔法陣に目を留めた。


「この模様は……魔法陣?」


「はい。魔力を動力に変換する陣です」


「魔力を動力に……? それは可能なのですか?」


「可能です。実演してもよろしいでしょうか?」


エリシアは頷いた。


カイトはカートに乗り込んだ。魔力を注ぐ。車輪が回り始め、カートが動き出す。


エリシアの目が見開かれた。護衛たちも、驚愕の表情を浮かべている。


カイトはカートを一周させ、エリシアの前で停止した。


「これが、魔導カートです」


エリシアは、しばらく言葉を失っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「素晴らしい……。こんな技術、見たことがありません」


彼女はカイトに近づいた。


「少年、あなたの名前は?」


「カイトです」


「カイト。あなたは、どこでこの技術を学んだのですか?」


「独学です。辺境の村で、一人で開発しました」


「独学で……? 信じられません」


エリシアは感嘆の息を漏らした。そして、門番を振り返った。


「この少年を通しなさい。そして、王立研究所に案内を」


「しかし、エリシア様、こんな素性の知れない者を――」


「私の命令です」


エリシアの声は、有無を言わさぬ威厳を帯びていた。門番は黙って頭を下げた。


「……かしこまりました」


エリシアはカイトに微笑みかけた。


「カイト、私があなたの技術を評価します。王立研究所で、詳しく見せていただけますか?」


カイトは深く頭を下げた。


「ありがとうございます、エリシア様」


こうして、カイトは王都への入城を果たした。だが、これは始まりに過ぎなかった。本当の試練は、これからだった。


王都の街は、圧倒的だった。


石畳の道。高くそびえる建物。市場には色とりどりの商品が並び、人々が行き交う。貴族の馬車が走り、商人たちが大声で客を呼び込んでいる。


カイトは、魔導カートを押しながら、エリシアの後に続いた。護衛たちが周囲を固めている。通行人たちは、王女の姿を見て道を開けた。


やがて、巨大な建物の前に到着した。「王立研究所」と書かれた看板が掲げられている。


「ここが、この国の最先端技術が集まる場所です」


エリシアが説明した。


「錬金術師、魔法使い、職人たち。様々な分野の専門家が研究を行っています。あなたの技術も、ここで正当に評価されるでしょう」


エリシアは門を開けた。中には広い中庭があり、その奥に研究棟が建っている。


だが、中庭には人影はなかった。静かすぎる。


「おかしいですね……」


エリシアは首を傾げた。護衛の一人に指示を出す。


「様子を見てきなさい」


護衛が研究棟に入っていった。しばらくして、戻ってきた。


「エリシア様、研究者たちは皆、奥の大ホールに集まっているようです」


「大ホール? 何かあったのですか?」


「技術者ギルドの会議が開かれているとのことです」


「会議……?」


エリシアは眉を寄せた。


「今日は会議の予定はなかったはずですが」


エリシアとカイトは、大ホールへ向かった。扉を開けると、数十人の男たちが集まっていた。皆、豪華な服を着ている。技術者というより、商人に見える。


彼らは、エリシアの姿を見て驚いた。


「エリシア様!」


一人の太った男が進み出た。技術者ギルドの長、ギルドマスター・フェリックスだ。


「これはこれは、王女様がお越しになるとは。何か御用でしょうか?」


「フェリックス、この少年を紹介します。カイトといいます。彼は、非常に興味深い技術を開発しました」


フェリックスは、カイトを一瞥した。その目には、明らかに軽蔑の色があった。


「……田舎の小僧ですか」


「小僧ではありません。彼は、魔法で動く車を作ったのです」


「魔法で動く車? 馬鹿な。そんなものが可能なら、我々がとっくに開発しています」


フェリックスは鼻で笑った。周囲の技術者たちも、同調するように笑った。


カイトは拳を握りしめた。だが、感情を抑え、冷静に言った。


「実物があります。見ていただければ、分かります」


「見る必要はない。魔法で物を動かすなど、非効率の極みだ。魔力は貴重なのだぞ。そんな無駄遣いをするくらいなら、馬を使った方がマシだ」


「ですが――」


「それに、仮に動いたとしても、何の意味がある? 馬車で十分だ。我々のギルドは、伝統ある馬車製造の技術を守っている。お前のような素人が、口を出すな」


フェリックスの声は、冷たかった。


カイトは、胸の奥が熱くなるのを感じた。怒りだ。だが、ここで感情的になっては負けだ。論理で戦わなければ。


「馬車は、確かに優れた技術です。ですが、馬には限界があります。餌が必要で、休息も必要で、病気にもなります。魔導車なら、そういった問題はありません」


「魔力だって有限だろう。同じことだ」


「魔力は回復します。そして、魔法陣の効率を上げれば、消費を抑えられます。将来的には、誰でも使える乗り物にできます」


「誰でも? 笑わせるな。魔法は才能がなければ使えない。お前の車など、ごく一部の者しか使えないだろう」


カイトは言葉に詰まった。確かに、魔力を持たない人間には、今の魔導カートは使えない。


だが、それは改良で解決できるはずだ。魔力を蓄えた「魔力バッテリー」のようなものを開発すれば……。


「黙ったか。所詮、その程度の考えだ」


フェリックスは勝ち誇ったように笑った。


「エリシア様、この小僧に構っている暇はございません。我々は、重要な会議の最中なのです」


「重要な会議? 何についてです?」


エリシアが尋ねた。フェリックスは胸を張った。


「王都と隣国を結ぶ、新しい街道の整備計画についてです。我々技術者ギルドが、その設計と施工を一手に引き受けることになりました。これは、国家的プロジェクトです」


「それは素晴らしいですね」


エリシアは微笑んだ。だが、その目は笑っていなかった。


「ですが、新しい技術を受け入れる柔軟性も、必要ではありませんか?」


「新しい技術? エリシア様、我々は伝統を重んじます。何百年も続いてきた技術を、そう簡単に変えるわけにはいきません」


「変化を恐れていては、進歩はありませんよ」


「進歩は、慎重に行うべきです。この小僧のような、実績も信頼もない者の技術を、簡単に受け入れるわけにはいきません」


フェリックスの言葉は、明確な拒絶だった。


カイトは、深く息を吸った。そして、エリシアに向き直った。


「エリシア様、お時間をいただき、ありがとうございました。ですが、ここで私の技術が認められないことは分かりました」


「カイト……」


「大丈夫です。別の方法を考えます」


カイトは、魔導カートを押して、ホールを出ようとした。


だが、エリシアが手を伸ばし、カイトを止めた。


「待ちなさい。私が、あなたの技術を支援します」


「エリシア様?」


「フェリックス、あなたたちが認めなくても、私が認めます。カイト、王立研究所の一角を、あなたの工房として提供します。そこで、思う存分研究を続けなさい」


フェリックスの顔が歪んだ。


「エリシア様、それは――」


「私の権限です。文句がありますか?」


エリシアの声は、静かだが、強い意志を秘めていた。フェリックスは、歯噛みしたが、何も言えなかった。


「……かしこまりました」


エリシアはカイトに微笑んだ。


「さあ、行きましょう。あなたの新しい工房を、案内します」


カイトは、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、エリシア様」


こうして、カイトは王都での拠点を得た。だが、技術者ギルドとの対立は、これから長く続くことになる。それを、カイトはまだ知らなかった。

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