第3章「最初の試作品」


一ヶ月が経過した。


カイトの作業場には、見違えるような物体が置かれていた。四輪の車。木製のフレーム、鉄の車軸、そして魔法陣が刻まれた二つの後輪。前輪にはハンドルが付いている。簡素な座席もある。


魔導カート、初号機だ。


村人たちは、最初は嘲笑していた。子供の遊びだ、と。だが、カイトが昼夜を問わず作業を続ける姿を見て、徐々に態度を変えていった。何人かは、手伝いを申し出た。


ロアンは、木材の切り出しを手伝ってくれた。若い娘のエリナは、魔力を少し持っていたので、魔法陣のテストに協力してくれた。


そして今、村の広場に、完成した魔導カートが置かれている。


村人たちが集まっている。グレンじいも、マルタも、ロアンも、エリナも。皆、興味津々の顔でカートを見ている。


「本当に動くのか、カイト?」


ロアンが聞いた。カイトは頷いた。


「動きます。見ていてください」


カイトはカートに乗り込んだ。座席に座り、両手をハンドルに置く。足元には、魔力を注入するための魔法陣が刻まれた板がある。そこに足を置く。


深呼吸。


魔力を、足元の魔法陣に注ぐ。魔力は、カートの底を通る導管(木に刻まれた溝)を伝って、後輪の魔法陣に到達する。


後輪が、回り始めた。


カートが、動いた。


ゆっくりと、だが確実に、前に進んでいく。


村人たちが、息を呑んだ。


「動いた……」


「本当に動いてる!」


「牛も馬もいないのに!」


どよめきが広がる。カイトは笑顔を浮かべた。ハンドルを右に切る。前輪が角度を変え、カートは右に曲がる。


次に左に切る。左に曲がる。


そして、広場を一周して、元の位置に戻ってきた。


魔力を切る。カートが停止する。


村人たちは、しばらく沈黙していた。そして、爆発的な歓声が上がった。


「すごい!」


「魔法で動く車だ!」


「カイト、お前天才か!」


ロアンが駆け寄ってきて、カイトの肩を叩いた。エリナは目を輝かせている。


グレンじいは、杖をついたまま、カートをじっと見つめていた。その目には、驚嘆と、そして何か深い感慨が浮かんでいた。


「カイト……お前さん、とんでもないもんを作ったな」


「まだ試作品です。速度も遅いし、魔力の消費も激しい。改良の余地はたくさんあります」


「だが、動いた。それが重要だ」


グレンはゆっくりと頷いた。


「この村には、馬も牛も少ない。遠くの町まで荷物を運ぶのに、何日もかかる。だが、この車があれば……」


「もっと速く、もっと楽に運べます」


カイトは力強く言った。


「これは、ただの始まりです。もっと改良して、もっと大きくて、もっと速い車を作ります。そうすれば、この村だけじゃない、もっと多くの人々の役に立てる」


村人たちは、カイトの言葉に聞き入っていた。


その時、一人の男が人混みを掻き分けて前に出てきた。豪奢な服を着た、中年の男だ。見覚えがある。この村を治める領主、バロン・ヘンリックだ。


「噂は聞いていたが、本当だったとはな」


ヘンリックは、カートを興味深そうに見回した。


「魔法で動く車。面白い。非常に面白い」


彼はカイトに近づいた。


「少年、名前は?」


「カイトです、閣下」


「カイト、か。お前、この車を私に売る気はないか?」


カイトは首を横に振った。


「これは試作品です。まだ完成していません。売り物ではありません」


「ふむ。では、完成したら私に優先的に売ってくれ。金なら払う」


「いえ、閣下。私は、この技術をもっと広めたいんです。一人だけに売るのではなく、多くの人に使ってもらいたい」


ヘンリックは眉を寄せた。


「生意気な口を利くな、孤児の分際で」


その言葉に、村人たちの表情が曇った。だが、カイトは動じなかった。


「閣下、失礼ですが、私には夢があります。この世界を、もっと便利に、もっと豊かにする夢です。そのためには、この技術を独占させるわけにはいきません」


ヘンリックは、しばらくカイトを睨んでいた。だが、やがて鼻で笑った。


「面白い小僧だ。良かろう。だが、覚えておけ。技術というものは、金と権力がなければ広まらん。お前がどれほど理想を語ろうと、現実はそう甘くない」


ヘンリックは踵を返し、馬車に乗り込んだ。従者たちが後に続く。


馬車が去った後、グレンがカイトに近づいた。


「カイト、領主様を怒らせて大丈夫か?」


「大丈夫です。僕は、間違ったことは言っていません」


カイトは真っ直ぐに前を見た。


だが、ヘンリックの言葉は、胸に引っかかっていた。


金と権力。確かに、技術だけでは世界は変わらない。それを市場に届けるためのシステム、資金、そして影響力が必要だ。


前世でも、優れた技術が埋もれていく例を、カイトは数多く見てきた。商品企画の仕事をする中で、技術だけでは売れない、という現実を嫌というほど思い知らされた。


ならば、どうする?


カイトは考えた。この村で、このまま改良を続けても、限界がある。資材も、工具も、技術者も不足している。


ならば、もっと大きな場所に行く必要がある。


王都だ。


王都には、技術者がいる。工房がある。そして、市場がある。


カイトは決心した。


「グレンじい、お願いがあります」


「なんだい?」


「王都に行きたいんです。この魔導カートを、もっと多くの人に見てもらいたい」


グレンは深く息を吐いた。


「王都、か。遠いぞ。徒歩で二週間はかかる」


「この魔導カートで行けば、もっと早く着けます」


「だが、お前には金も身分もない。王都で誰が相手にしてくれる?」


「それでも、行きます。行かなければ、何も始まらない」


カイトの目は、揺らいでいなかった。


グレンは、しばらく黙っていた。そして、深く頷いた。


「わかった。ならば、わしが推薦状を書こう。王都の技術者ギルドに宛ててな。少しは役に立つだろう」


「本当ですか!ありがとうございます!」


カイトは深く頭を下げた。


翌日、グレンは丁寧な字で推薦状を書いてくれた。羊皮紙に、インクで。それを封蝋で封じて、カイトに渡した。


「気をつけて行けよ、カイト。王都は、この村とは違う。危険も多い」


「はい。必ず、成功して戻ってきます」


カイトは魔導カートに荷物を積み込んだ。わずかな食料と水、そして工具。他には何も持っていない。


村人たちが見送りに来た。ロアンは、旅の無事を祈る祝福の言葉をかけてくれた。エリナは、手作りのパンを持たせてくれた。マルタは、薬草の入った小袋をくれた。


「怪我をしたら、これを煎じて飲みな」


「ありがとうございます」


カイトは、一人一人に別れを告げた。


そして、魔導カートに乗り込んだ。


エンジン――いや、魔導駆動装置に、魔力を注ぐ。


車輪が回り始める。


カートが動き出す。


村人たちが手を振っている。カイトも手を振り返した。


そして、カイトは王都への道を走り始めた。


未知の世界へ。夢を実現するために。

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