第六話 決意
「おまえなあ。女のくせに凶暴すぎだぞ。この暴力女」
「また言った。女のくせにだとか、女は男に比べてどうだとか。あなたはさっき、前時代的な老害だとか古臭い魔術とか言ってたけど、あなたも余程の古臭い固定概念じゃない。この外道」
祖父
その杖の持ち主は
「何ですか?」
「それ以上の無礼、この曹牙陵が許さぬぞ」
「老害だとか古臭い魔術だとかは、こいつの発言からの引用ですけど」
「我が国の特級
「えええ、こいつの味方ぁ!?」
玻璃は驚きの声を上げる。薫鳳が腹を抱えて大笑いを始めたので、玻璃はますます頭に血が上る。
薫鳳は笑いの涙を指で拭うと、また細い扇子の先を曹牙陵の杖に当て、玻璃の首から引き離した。
「牙陵どの。皇宮内の秩序に目を光らせる心構えは素晴らしいが、だったらもっと鼻でも鍛えたらいかがか。乙女に少年と呼ぶなんてよ」
「……失礼した」
曹牙陵は薫鳳の言葉の意味を一瞬考えたが、玻璃の顔をよく見て女性だと理解すると、素直に謝罪の言葉を告げて軽く頭を下げた。曹牙陵は燕該曜の忠実な副官ではあるが、良識に従う実直な性格のようである。薫鳳は笑みを見せる。
「そうそう。今の時代、あんたたち魔術師連中はもっと、淑女第一の精神を学んだほうがいいぜ」
すかさず玻璃が横槍を入れる。
「どの口が。私のことも馬鹿にしてたくせに」
「淑女第一ってことは、淑女以外の女は第二以下ってことだろ」
「まだ言うの。この最低調香師がっ……!」
薫鳳と玻璃が曹牙陵を放り置いて揉め始めた。呆れた
「訓薫鳳。おまえのような異端の奸物にこの帝国を好きにはさせん。必ずおまえの悪事を暴いて息の根を止めてみせよう。よく覚えておくことだ」
「覚えておかねえよ。オレの記憶はこの国を潤すために限界運転してんだ。あんたらのような無用の長物に構って使う脳の余白なんざ、一つもねえよ。お風呂嫌いの老師様は入浴愛好者のオレなんかに構わず、体臭仲間と魔術という名の手品の見せ合いっこでもしてろ」
脅しに全く動じず余裕で言い返す薫鳳。燕該曜は今一度睨みを利かせ、踵を返す。曹牙陵や他の魔道師も薫鳳に凄みつつ黙ってついていく。
先ほど薫鳳が言葉をかけた身長の低い魔術師が、被りに目を隠したまま玻璃に近づいて、耳元で囁いた。
「あの……。ありがとう」
若い女性の声だった。恥ずかしげにさらに深く被りを下げて顔を隠すと、燕該曜の一向に追いつくように園庭を駆けていった。彼女も男尊女卑の集団の中で苦労をしているのかな、と玻璃は心配しながらその背中を見送った。
張り詰めていた緊張は、玻丈が胸を撫で下ろしたことから解けた。
「ふう……。これ、玻璃。老魔道師様の前でなんたる無礼を見せるのじゃ。生きた心地がしなかったぞい。それに薫鳳どのも、大人気ない」
玻丈は冷や汗を拭いながら、孫娘と商売仲間に注意を勧告する。
薫鳳は頭を掻いて、四阿の椅子に戻る。玻璃もまたその向かいに座り直して、薫鳳の目をキッと睨み、呼びかける。
「訓薫鳳どの」
「なんだよ」
「あなたは国家輸出額の四割を自分が稼いでいるって言ってたけど、この四年であなたの香水の収益は何倍ぐらいになったの」
「四倍ぐらいじゃねえか? な、爺さん」
薫鳳は温玻丈へ確認の目をやる。玻丈はうなずいている。玻璃は新しい香水瓶の試作品をテーブルに叩きつけるように置き直して告げた。
「行ってやるわよ。あなたの調香室とやらに」
「は?」
薫鳳から意外そうな声が漏れる。
玻璃は女性を物のように扱う薫鳳の意識が許せなかった。この色欲魔の薫鳳はきっと仕事場でも美しい女性の助手ばかりをはべらせているに違いない。そういう女性たちの尊厳を薫鳳から護るためにも、玻璃は薫鳳の喉元に飛び込んでやろうという気持ちになっていた。
「私が香水瓶の設計を始めてから四倍になったんでしょ。だったら、輸出額の四割全部があなたじゃない。三割は私が稼いでるってことだよね」
「どういう計算なんだよ」
「私もあなたと直接やり取りするほうが仕事は手っ取り早い。だから行ってやるって言ってんの。ただし、私に手を出したら調香室から引き上げて、あなたの仕事は二度と請けない。そして殺す」
「殺すなよ。何度も言ってんだろ、おまえは手を出すほどの淑女じゃないってな」
「そして、それよ。女を馬鹿にした言い草。どうせあなたの調香室って、お気に入りの女性助手ばかり揃えてるんでしょ。誰であろうと、私の目の前でその女性たちに無礼を働いたり、必要以上に接触したりしたら、私は調香室から引き上げてあなたの仕事は金輪際請けない。そして殺す」
「だからすぐ殺すなよ。おまえこそ、仕事に手を抜いたら容赦しねえ職場だが、覚悟はいいんだろうな」
「上等よ」
いつしか薫鳳と玻璃は両者ともテーブルに手をついて身を乗り出し、至近距離で睨み合っている。玻璃の横の波丈も、薫鳳の両隣の美女たちも、二人の睨み合いの激しさに息を呑む。
テーブルに置かれた新作の香水瓶は、これから香水を注がれるのを待ち望んでいるかのように、光沢を発した。
(つづく)
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