第二話 四阿
この国の皇宮とは、政務や祭事が執り行われる南の外朝と、皇帝や皇族が生活する北の内廷を総括した宮殿群域のことを指す。
広大な大陸を支配しその財と富を集めた象徴とも言える広大な宮廷。近年は船舶技術の進化や砂漠地域の中継都市の発展などにより、はるか遠方の西の異国などとの交易が活発化して帝国の歳入が増大したことで、皇宮内の宮殿は増築に増築を重ね、まるで一大都市のようになっている。四方八方の宮殿やそれらを結ぶ回廊も含めると、貴族や使用人も含め常時四千人以上が生活する、まるで独立した世界のようである。
宮殿の外に居住する一般国民の大半は、この帝立公園に足を一歩踏み入れただけでその豪華さに圧倒される。ここは全ての身分に解放されている自由園庭だが、ほとんど都民が寄り付いていないことからもその威厳が分かる。
だが玻璃はさほど狼狽えることもない。南の
「玻璃はなかなか肝が据わっとるのう」
石造りの椅子に並んで座る祖父の
しばらくすると、三人並ぶ人影が植え込みの木々の中から現れた。両側には眩く着飾った広袖の服を着て笑う、若く美しい女性。その二人の肩に両手を乗せ抱き寄せているのは、群青の官服の上に真紅の外衣を身にまとった長身の男性である。官吏には珍しい長く背に垂らした美しい銀髪。年は二十代後半で、とても端正な顔立ちをしている。圧倒的な存在感。女性たちからは間違いなく美男子と呼ばれる部類である。
「よう、爺さん。待たせたな」
地面から三段高い四阿に上がった端麗な男は微笑むと、玻丈と玻璃の向かいの三連結の石椅子に腰掛け、両側に美しい女性を座らせた。風に揺れる長髪から、ふわりとまろやかな香りが漂う。この男が祖父の直接の取引相手だという調香師本人だと、玻璃は瞬時に理解する。
「新しい香水瓶ができたんだってな」
「ええ。
「そうか。で、そっちの娘さんは?」
薫鳳と呼ばれた美男子が、横の玻璃を顎で差して訊く。
玻丈はギョッとした。なぜ女子と分かるのか。玻璃には晒し布を撒きつけて胸の膨らみを押さえ、美術家の娘婿が着る塗料に塗れた男性用衣類を着せ、髪もそれなりに荒らし、男性用の香水までつけて男に見せているというのに。
「い、いや、こいつはうちの工房で新しく預かった弟子の男で……」
「おいおい爺さん、戦友のオレに嘘は無しだぜ」
「……なぜ嘘だと」
「香りでわかるだろ、香りで。どう匂っても若い女の香りじゃねえか。それに、爺さんの血縁の香りだな。孫娘ってところか? なぜそんなに見た目を汚すんだよ。女性ならもっとこう、
美男子は両側の美女の肩をグイッと自分に引き寄せ、交互に顔を振り目を合わせて彼女たちの同意を求めた。顔が近づいた美女たちは、
「もぅやだぁ、薫鳳さまったらぁ」
と甘ったるい声でくすくすと笑っている。どちらの女性もこの男に気に入られようとしているのが見え見えだ。
テーブルを挟んだ距離がありながら香りだけで自分を男性ではないと見抜いた薫鳳という男の嗅覚に、玻璃は感心する。だが、女を侍らし戯れる下品な様子には嫌悪感しかなかった。いくら美貌良く秀麗に着飾っていようと、女性の扱いがひどいのは美を損なう。この男は「美」から遠い。元美術学院生の玻璃の目にはそう映る。
祖父玻丈は観念したようで、真実を告げた。
「……さすがは薫鳳どの。隠し事はできないな。そう、彼女は玻璃という、わしの孫娘なんじゃ」
「だろうな。顔は全然似てねーがな」
薫鳳は両側の美女の肩をさすりながら言う。その両側の美女へ執着の様子を見て、玻丈はどこかホッとしたような表情を見せた。
玻璃は理解した。祖父玻丈が自分をこの調香師に女性として会わせたくなかったのは、女性の商売相手だと舐められるからではなく、この品行甚だ悪い男なら若い女と知ると手を出しかねないからだったのだろう。明らかに玻璃には無関心で両側の美女のほうにデレている様子を見て、祖父は安心したのだ。玻璃には逆にそれもカチンとくる。
仇のように睨み見ている玻璃の視線に気づいた薫鳳は、一瞬動きを止めた。見つめ合ってしまう薫鳳と玻璃。
玻璃から目を離さないまま、薫鳳は横の玻丈に問う。
「おい、爺さん」
「なんじゃ」
「この孫娘、しばらくオレに貸せよ」
(つづく)
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