香水瓶は皇宮に躍る 〜天才の調香師と才媛の製瓶師〜

紘野 流

第一章 園庭は紅蓮に燃ゆ

第一話 香水瓶



「なんと美しい……。まるで金剛石のようじゃ。ここまでの香水瓶の形、よくぞ生み出してくれたのう。玻璃はり



 老いた眼を細めて、キラキラと反射光を放つ硝子の小瓶を四方から眺める玻丈はじょうは、才ある孫に感謝の意を示す。蓋にも胴にも大胆な研磨が施され、これまでこの国にはなかった意匠の瓶が、まばゆい輝きを見せている。



「そうね、おじいちゃん。宝石細工の印象を取り入れただけだよ。むしろなんで今まで誰もやってなかったのかが不思議」



 玻璃は道具を片付けながら、呆れたように言う。頭に巻いた頭巾をほどくと、短めの黒髪がハラリと揺れ落ちた。



「さすがは我が孫娘じゃの。そろそろ玻璃にも、あの方に会わせるべき時が来たかな……」


「あの人、って?」


「うーむ……。心配だがのう」



 玻璃の姿を今一度見て、玻丈は一つ息を吐く。質問の答えになっていない祖父の言葉に、玻璃は首を傾げる。



 祖父のおん玻丈は、十年前までは帝都ののどかな郊外で長男の玻充はじゅうと二人だけで細々と窓や皿を作る硝子グラス職人に過ぎなかった。しかし十年ほど前に香水瓶を手掛けるようになってからは大きな利益を上げ、帝都の一画に工房を移設して様々な工芸品を産んでいった。


 玻丈の長女は水墨画家のこう氏に嫁いだが、その娘のこう玻璃はりは父の絵画感覚を受け継いだのか、帝国美術学院に十二歳の若さで一発合格。


 帝国美術学院では入学の一年後に美術科と建築科に分かれるが、玻璃は芸術よりも工業設計のほうに興味を持つようになり、建築科に進む。十七歳で卒業し、祖父の工房で香水瓶の意匠設計を手伝うようになった。


 それまでこの国の香水瓶は、手軽さが第一義とされ、簡素な外観を極めていた。幾何学的に正確な円柱や四角錐の形に近ければ近いほど良しとされたと言っていい。玻璃はそこに彫像の技術を取り入れるなど芸術的な概念を持ち込み、映える意匠を産み出していった。それらの香水瓶が皇宮内の貴族や市井の豪商たち、さらには他国の上流階級の間でも話題となり、温玻丈の工房が作り出す香水瓶はますます人気が集中。玻丈の製瓶工房は四十人を超える従業員を抱えるほどに大きくなった。


 いまや香水はこの国家の重要な産業。かつては剣と魔術の力で周辺諸国を制圧していったこの帝国も、重商時代に移ってからは交易と物流により発展。中でもこの国に莫大な利益をもたらしている輸出品の筆頭が、香水である。そして玻璃の設計による芸術的な香水瓶に収まる香水が、他国の貴族や富裕層たちの目を釘づけにし、その香水品の価格は近年急激に高騰している。



 温玻丈は孫娘の技能と感性を誇りに思う。製作の陣頭指揮を取っていた玻丈も、もう六十代も半ば過ぎの高齢。引退を視野に入れ、工房の製造は長男・温玻充に、設計は長女の娘・紅玻璃に、権限を少しずつ移譲していくことに決めた。


 玻璃は二十一歳。これまでは製瓶設計といっても、祖父玻丈が外で打ち合わせてきたことを伝え聞いて製図をしてきただけに過ぎない。だが今後一線を退くつもりの玻丈は、今後は玻璃本人が直接先方と打ち合わせてもらうことが一番効率が良いと考えている。


 玻璃はてきぱきと道具を片付けながら、祖父に訊き返す。



「私は別に構わないけど。何が心配なの、おじいちゃん」


「うむ。先方の御仁は天才的に優秀で名人的に有能な人物なんじゃが、人間性がアレというか、玻璃とは性格的に合いそうにないというか……」


「何言ってるか分かんないよ。先方って誰なの。販売業者か何かなの」


「いや、いつも調香師と直接やり取りをしておるんじゃ」


「そうなんだ」


「明日の夕刻にその方と会って、この試作瓶を見せることになっておってな。まあ良い機会じゃ、玻璃にもついて来てもらおうかの。その時は、男物の衣服を着ておいで。お父さんの作業服を借りてきなさい。ちょっと大きいだろうが、まあそれでいいじゃろ」


「え、何でよ。わざわざ男の格好なんて、やだよ」


「その、なんじゃ……、女の設計師だと分かると、ナメられるじゃろ。取引というものは最初の威厳が肝心じゃから……」


「女だからってナメてくるような男なら、私からバシッと言ってやるわよ」


「それは頼もしいが、最初は様子見ということで、じいじの言うことを聞いておくれ。その次からはちゃんと正式な製瓶師として紹介するから。とりあえず初回は、弟子の一人の男として連れて行くでの」


「……まあ、別にいいけど」



 祖父の煮え切らない言葉に違和感はある。しかし、確かにどんなこともまずは様子見が最善だ。玻璃はそう思い、祖父の言いつけを守ることにした。


 翌日の夕刻、玻璃が祖父に連れて行かれた先は広大な皇宮の中。絢爛豪華の宮殿を臨む、美しい木々が夕陽に照らされ輝く中庭の一角であった。




(つづく)

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