004 『パイにならなかった林檎』

 『ドンっ!』


 腹の底に響くような音がした。

 続けて、調理室の方から黒煙が立ち上る。


 朝から何度か似たような音はしていた。

 訓練かと思って放っておいたが――今のは、明らかに桁が違う。


「……なぁ、いまの音、聞こえたか?」

「……はい。聞こえました。かなり近いですね」


 襲撃にしては静かすぎる。

 報告も伝令もない。胸の奥に小さな不安が灯る。

 俺は自然と、現場へ足を向けていた。


 ――報連相の徹底はしてきたはずなんだがな。教育、やり直しか?


 ため息をひとつ吐き、焦げた匂いの漂う廊下を進む。

 扉の前まで来ると、案の定、床に一人倒れていた。


「おい、何があった」

「リ、リアムさ……。あの人、止めてくだ……」


 そう言ったきり、力が抜けて崩れ落ちた。

 俺は思わず眉をひそめ、隣のセナに視線を送る。

 無言のうちに頷き合い、二人で調理室へ入った。


 ――扉を開けた瞬間の煙。

 焦げた香りと甘ったるい果汁の匂いが鼻を刺す。

 そして、その中心に堂々と立つ女の姿。


 腰まである明るい茶髪。

 フリル付きのエプロン。

 そして、彼女はなぜか剣を構えている。


「フレイヤさん、もうやめましょう! 貴女に料理は向いていません!」

「そうですよ! 調理室は戦場じゃないんですからっ!」


 煤まみれの部下たちが泣きそうな顔で叫んでいた。

 だが当の本人は、剣をじっと見つめたまま平然と言う。


「お前たちの言う通り、剣を握ってやってみたんだけど」

「握る場所が違うっっ!」

「でもよく言うだろ? 苦手なことでも、自分の得意を活かせば――」

「向き不向きもあるんですよっっ!」


 うるさい。状況がカオスすぎる。

 俺は一歩前に出て、天井の焦げ跡と、黒焦げのパイ、泣きかけの部下たちをざっと見回した。


「……フレイヤ」

「ん? あ、リアムじゃん。どうしたの?」

「どうしたの、じゃねぇ。今の音、周辺一帯に響いたぞ」


 フレイヤは悪びれる様子もなく笑った。


「それは申し訳ないな。爆発するとは思わなくて」


 ……そういう問題じゃねぇ。

 俺は額を押さえた。

 こいつ、男に振られるたびに手がかかるくせに、別の日でも迷惑を振りまくのか。

 部下が「助けてください」って目で見てくる。

 あまり関わりたくないが、深く息を吐いて、言う。


「……その剣、今すぐ置け。あと三歩下がれ」

「えー、なん……。はい」


 フレイヤは口を尖らせながらも、素直に命令を聞く。

 その様子を確認してから、俺は静かに告げた。


「とりあえず、フレイヤ。お前は調理室出入り禁止だ」



――登場人物――

頭を抱える側:リアム

調理室を爆発させた側:フレイヤ

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