第12話 湊の戦場
「あいつ、マンションに向かった! 空森君、ここからあのマンションまでは車で10分よ! すぐに連れ出しなさい!」
九条からの緊急連絡を受け、湊は焦燥に駆られた。
「白瀬さん、早く! スカウトの男がここに向かってる。今すぐ出よう!」
だが、結月は動かない。
「……どうして? どこへ行っても、私はお父さんとお母さんの期待を裏切った、汚れた人形なのに」
【呪い:残り4時間】
湊は、彼女を無理やり引きずることもできた。しかし、それでは両親の強制と同じだ。湊は、あえて彼女の前に膝をつき、真っ直ぐに瞳を見た。
「汚くなんてない! 君が自分を汚してまで反抗したのは、君が自分の心を守りたかったからだろ! ……たとえば、そう、コンビニのチキンだって、君の家じゃ『はしたない』って言われるかもしれないけど、あれは最高に旨いんだよ!」
「……え? チキンの話?」
「そうだよ! 日野さんなんて、二つも食べたんだから!」
【呪い:残り3時間45分】
湊は必死だった。白瀬の空っぽな心に、少しでも日常の、生きた実感を注ぎ込もうと言葉を重ねる。
結月のステータスに、微かなノイズが走る。困惑や呆れという、死ぬ人間が抱くはずのない生きた感情だ。
「空森君……あなたって、本当に……」
「そう、本当にしつこいんだ。だから、行くよ」
【呪い:残り3時間30分】
気づけば、30分もの時間が経過していた。九条の言っていた「10分」という猶予は、とっくに過ぎ去っている。
(しまっ――話しすぎた!)
湊が我に返った瞬間、沈黙を守っていたドアが、獣が吠えるような音を立てて蹴破られた。
「……ハァ、ハァ……見つけたぜ、ガキ共が」
蹴破られたドアの向こう側。そこには、九条の包囲網を潜り抜けた執念の怪物――田中(仮)が立っていた。田中(仮)は、白瀬の体に、そこから生み出されるだろう金銭に強く執着していたスカウトだ。
田中(仮)のステータスは、湊が鼻血を出して観測し続けた、あの犯罪組織のドロドロとした欲望そのもの。歪んだ悪意に塗りつぶされていた。
「白瀬、お前は俺の……俺の人生をやり直すためのチケットなんだよ。そのガキをどかせ。大人しく付いてこい」
田中(仮)のステータスは、もはや色を成していない。真っ黒な殺意と、後がない焦燥が混ざり合い、湊の視界を暴力的に焼き尽くす。
「……嫌だ。彼女は、どこにも行かない」
湊は震える足で、結月の前に立ち塞がった。
「どけよ、ガキが!」
重い衝撃。田中(仮)の拳が湊の顔面を捉える。
湊は吹き飛び、壁に背中を打ち付けた。視界が白む。以前の湊なら、この圧倒的な悪意のステータスに当てられただけで、意識を失っていただろう。
「空森君! もういいわ、逃げて!」
背後で、結月の声が響く。空っぽ だった彼女のステータスに、初めて鋭い【驚愕】と【悲しみ】のノイズが走った。
「逃げる……もんか」
湊は口の中の血を吐き捨て、再び立ち上がる。
意識が混濁し、ステータス画面がノイズで塗りつぶされそうになる。だが、その暗闇の中で、湊は思い出す。
神楽坂の事務所で見た、九条怜のステータス。
悪を憎む漆黒と、人を救おうとする純白が渦巻く、あの世のものとは思えないほど美しい輝き。
(……九条さんが戦ってるんだ。僕も……観測者として、彼女の盾になるって決めたんだ!)
田中(仮)が再び殴りかかる。湊は避けない。避けられない。だが、その腕にしがみつき、泥臭く時間を稼ぐ。
殴られ、蹴られ、体中が悲鳴を上げる。それでも湊は、田中(仮)のステータスを凝視し続けた。
「……あんたの、……負けだ。九条さんが、もうあんたの逃げ道、全部塞いでる……!」
「黙れッ!!」
田中(仮)がナイフを振り上げたその瞬間――。
「……笑って……何がおかしい……!」
「あんたのステータス……真っ黒な絶望で塗りつぶされてる。もう、……間に合わないよ」
遠くから、夜の静寂を切り裂くサイレンの音が近づいてくる。一つではない。何台ものパトカーの音が、マンションを包囲していく。
「……なっ、なんだと……!?」
田中(仮)の動きが止まる。そのステータスに、初めて「純粋な絶望」が刻まれた。
バタン、と湊の膝が折れる。
だが、倒れ込む湊の体を支えたのは、冷たいフローリングではなく、温かい誰かの手だった。
「……どうして。どうして、私なんかのために、こんなにボロボロになるまで……」
結月の目から、大粒の涙が溢れ落ちる。
湊は、薄れゆく意識の中で彼女のステータスを観測した。
【名前:白瀬 結月】
【状態:混濁、覚醒、悲嘆】
【支配感情:生きたい(20%)】
(……ああ。空っぽじゃ、なくなった……)
部屋になだれ込んでくる警官たちの靴音を聞きながら、湊は安堵と共に意識を手放した。
設定紹介
湊も田中(仮)もちょっと抜けてる……
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