第10話 偽りの救済、真実の鎖

 白瀬結月の死まで、残り二日(48時間)。

 神楽坂の事務所。九条は昨夜の「知力3」の状態が嘘だったかのように、冷徹な表情で湊が持ち帰った情報を整理していた。


「……あなたの観測のおかげで、詰んだわ。警察内部の協力者と、ブライト社が隠していた実体企業ブライト・アセットの金の流れが完全に一致した。これでいつでも奴らを法的に殺せる」


 九条はデスクの端に置かれた、ペットショップのパンフレットを無造作に引き出しに仕舞った。湊はそれを見逃さなかった。


(……九条さん、本当は……)


 彼女のステータスに一瞬だけ過ったのは、深い【羨望】と【諦念】。


「私は不規則な生活だし、いつ刺されるか、あるいはやりすぎてブタ箱(刑務所)に入るか分からない身よ。そんな人間に、命を預かる資格はないわ」


 自嘲気味に笑う九条。彼女は、茶々丸のような幸せな世界に住む側ではなく、泥を啜ってでも悪を道連れにする側の人間であることを、自らに課していた。


「さあ、最後の大仕事よ。結月さんの居場所、そして彼女が抱える本当の鎖を確認しに行くわよ」



【捜査2日目:残り2日】

 湊と九条は、ブライト社が「所属タレントの寮」と称して管理している、都心の古いマンションの前にいた。

 ターゲットは、結月の担当スカウト。湊は、マンションの入り口で彼を観測する。


【状態:焦燥(極大)、保身、暴力衝動】

【思考:白瀬の親から金を引き出したら、すぐにこの件からは足を洗う。あいつ(結月)はもう使い物にならない】


(……見えた。白瀬さんは、402号室にいる)


 湊の「観測」により、この2日間で集めた情報で芋づる式に犯罪組織の構造が発覚していく。事務所は結月の親に対し、「娘さんが違法な仕事に加担した証拠」を捏造して突きつけ、巨額の違約金を揺すり取ろうとしていた。


「案の定ね」


 九条は湊から報告を聞き、スマホで誰かに指示を出す。


「親の善意を逆手に取った典型的な手口だわ。娘に泥を塗られたくない親は、言いなりになって金を払う。そして結月さんは、自分のせいで家が壊れるのを防ぐために、死を選んで保険金でカタをつけようとしている……」


 九条の知識と湊の能力が、泥沼のような真実を完全に暴き出した。

 

 結月の動機は親への反抗だった。だが、今の彼女を縛っているのは、皮肉にも親への罪悪感という名の呪いだ。


 親は金を払い、彼女を再び完璧な人形として檻に戻そうとしている。

 事務所は金を奪い、彼女を商品として使い捨てようとしている。

 そのどちらにも、白瀬結月という一人の少女の 心 を認める場所はなかった。


「……調査完了よ。これで弾丸は揃ったわ」


 九条は、ひときわ鋭くなった獲物を狩る目でマンションを見上げた。


「この茶番をすべて終わらせるわよ。……法律の力と、あなたの目でね」


 湊は、強く頷いた。


「いい、空森君。あなたはただ見ているだけじゃない。あなたの目は、逃げ隠れする悪党の所在を宇宙の果てからでも確定させる観測器よ。……明日が勝負よ、観測者(オブザーバー)。私が引きトリガーを引くための、正確な座標を観測しなさい」


(覗き見なんかじゃない。僕の目は、観測する力は、彼女を救うための武器なんだ。――九条さんの言葉が、僕に戦う理由をくれた)


 それは「法による断罪者」が「魂の観測者」を手に入れた瞬間だった。

 結月のステータスに刻まれたカウントダウンは、あと二十四時間を切ろうとしていた。




設定紹介

九条 怜・・・自分を「法による断罪者」「ダークヒーロー」と定義し、湊を「魂の観測者」と呼んでしまう、28歳、彼氏なし。ペットショップのパンフレットにはスキッパーキ(真っ黒な小型犬「黒い弾丸」の異名を持つ)に花丸が付いていた。

湊が「九条さんの心は『純白と漆黒の美しい渦巻き』だ」と伝えると、ちょっと口角が上がった。

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