第8話 共犯者のロジック
白瀬結月の死まで、残り五日。
時間が砂時計から溢れ落ちるように、冷酷に削られていく。
湊は放課後、佐伯先生のメモにあった住所――叡川市の雑居ビル、そこに居を構えるブライト・プロモーションの前にいた。
表向きは芸能事務所。ビルの入り口が見える裏路地の隅で、湊は張り込みを開始する。
最初は、ただのスカウトマンの観測から始まった。それは日野のようなこんがり色でも、茶々丸のような純白でもない。出入りする男たちのステータスは、どれも濁っていた。
(こいつは白瀬さんのことを知っている?)
【名前:田中 次郎(仮) 職業:自称「スカウト」】
【状態:搾取、加害、慢心】
【支配感情:汚濁(少女を商品としか見ない欲望:80%、白瀬結月に対する強い執着:100%)】
彼らが連れてくる少女たちの顔は、一様に自立を焦る、あるいは家庭に居場所がない乾いた表情をしている。湊は一人一人の深層を読み取り、手帳に書き留めていく。
看板はモデル事務所だが、出入りする男たちの言動や雰囲気に違和感がある。湊は彼らのステータスから漏れ出す断片的な情報を、慎重に分析していった。この事務所は単独ではなく、背後にはさらに大きな組織の影があること。そして、白瀬結月以外にも、同じように勧誘されている若者がいる可能性があること。
(……まだだ。まだ核心には届かない)
視界の端でノイズが走る。数人の悪意を覗いただけで、脳を直接冷たい泥で撫でられるような不快感が湊を襲い続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
張り込みを初めて2日。白瀬結月の死まで、残り4日。
湊の顔色は、土色に変わっていた。
昨日よりも深く、長く観測を続ける。ビルに入る業者の車、郵便物、そしてスカウトマン同士の会話に漂う「思考の残滓」までを拾い上げる。
そこで湊は、白瀬結月以外の被害者たちの目撃情報を掴む。すでにこの事務所から発送され、行方が分からなくなった少女たちの絶望。
(……っ、あ、……ダメだ、見えすぎる……)
ステータス画面がひび割れたように明滅する。大量の犯罪者の汚濁した欲望が、フィルターを通さず脳に流れ込んでくる。それは、少女たちを海外の違法店舗へ売り飛ばす、吐き気を催すような具体的な計画の断片だった。
視界が赤く染まる。
それでも湊は、張り込みを続ける。スカウトの悪意、少女達の悲鳴を覗き続ける。
視界に飛び込んでくる全てが、腐ったヘドロのような情報の濁流だ。
無理やり情報の深層を凝視し続ける。組織の全貌、隠されたフロント企業の名前、そして――白瀬結月を海外の違法店舗へ売り飛ばそうとする具体的な計画。
「……っ、が……あ……っ」
脳が焼け付くような熱を帯びる。あまりにも膨大で醜悪な悪意を直接脳に流し込まれた代償だ。湊の鼻から、鮮血が滴り落ちた。
脳が焼け付くような熱を帯び、湊の鼻から鮮血が滴り落ちた。
一歩、足を踏み出そうとしたところで、膝から崩れ落ちそうになる。
「……無理な張り込みは、命を削るわよ。坊や」
冷徹な、だが聞き取りやすい声。
湊は朦朧とする意識で、自分を支える人物のステータスを覗き見た。
【名前:九条 怜】
【年齢:28歳】
【職業:弁護士】
【知力:95 筋力:55 魅力:87】
【状態:極度の疲労・正義感・自己犠牲】
(……弁護士……目つきは悪いけど……悪意は感じない)
美人と呼べる顔立ちだが、日々の戦いで研ぎ澄まされたその瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭く、そしてひどく目つきが悪かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気づけば、湊は神楽坂の裏通りにある、古びたビルの事務所にいた。
壁一面を埋め尽くす法律文書と、高いコーヒーの香り。看板には『九条法律事務所』とある。
「……鼻血は止まったかしら。お茶を飲みなさい」
九条は湊に湯呑みを差し出し、デスクに腰掛けた。
「あなたはあそこで、何を見ていたの? 私が三ヶ月かけて、ようやく辿り着いたあのアリの巣を」
湊は喉のつかえを飲み込み、まっすぐに九条を見返した。やっぱり、悪意は感じない。眩しいくらいの純白の感情強い正義感と危ういほどの自己犠牲の精神。
【名前:九条 怜】
【年齢:28歳】
【職業:弁護士】
【知力:95 筋力:55 魅力:87】
【状態:極度の疲労・正義感・自己犠牲・疑念】
「……信じられないかもしれませんが、僕は人のステータス……情報が見えるんです。あそこの連中が、白瀬さん……白瀬結月を三日後に売り飛ばそうとしていることも、そのためのフロント企業の名がブライト・アセットであることも」
九条の眉がピクリと跳ねる。彼女の目つきが、悪い考えを巡らせるようにさらに鋭くなった。
「……面白いわね。ブライト・プロモーション、あの悪徳芸能事務所までなら、若者達の噂になっている可能性はある……だけど、ブライト・アセットの名は、まだ私のPCの中にしかない非公開の仮説よ。それを、鼻血を出したガキが適当に言い当てる可能性は……ゼロね」
九条はデスクを叩き、身を乗り出した。
「続けなさい。あなたの目には、他に何が見えるの?」
湊は、勝負をかける。
「……九条さんのことも、見えますよ。あなたは、行方不明になった別の被害者の女の子をずっと探している。その子の腕には、小さな火傷の痕があったはずだ。……違いますか?」
九条が持っていたペンを止めた。
沈黙が流れる。
九条のステータスが更に激しく波打ち続け、そして、変化し続ける。
【名前:九条 怜】
【感情:驚愕、確信、そして一筋の希望】
「……オカルトは嫌いだけど、現実はそれ以上に奇妙だわ。あなたの目は、法律では届かない真実へのバイパスになる」
激しく波打ち続ける九条のステータスは、ついには正義の象徴だった純白に漆黒の深い闇が混ざり合っていく。
【名前:九条 怜】
【感情:驚愕、確信、そして一筋の希望】
【状態:極度の疲労・正義感・自己犠牲・悪に対する激しい憤怒/憎悪】
悪に対する激しい憤怒、深い憎悪の漆黒……そして、正義感、自己犠牲の純白が渦巻き状に混ざり合う……湊にはそれが、この世のものとは思えないほど、美しく感じた。
九条は不敵な笑みを浮かべた。その顔は、狡猾な獲物を狩る猟犬のそれだ
「採用よ。あなたの力を、私の武器として使わせなさい」
九条は美人が台無しなほど目つきを険しくさせたが、湊には分かっていた。その鋭さは、悪を逃さないための執念の現れだということを。
「無理なことは今は言わないわ。証拠能力、裁判で使える形にするのは私の仕事。あなたはただ真実を指差し続けなさい」
「……その代わり、条件があります」
湊は震える手で、白瀬結月の写真をデスクに置いた。
「彼女を、救ってください。……あと三日しかないんです」
白瀬の写真を湊を見つめる九条のステータスに、一切の悪意はなかった。あるのは、自分を削ってでも他人のために戦う、強固な【自己犠牲】の精神だけだ。垣間見えた漆黒は消え失せ、純白の感情が流れ込んでくる。
「いいわ。その三日間で、あのゴミ溜めを法的に更地にしてあげる」
九条はコーヒーを飲み干し、ペンを手に取った。
能力を持つ少年と、法を武器にするリアリストの弁護士。
奇妙な共犯関係が始まった。
設定紹介
田中 次郎(仮)・・・芸能事務所(偽)のスカウト(自称)。肩書きを駆使したナンパと、心理テクニックを混ぜた嘘の業界話が得意。常に「偽りの笑顔」を貼り付けているが、表面上の愛想は良く、ターゲットにとっては「少し怪しいけど楽しい人」に見えてしまうのが一番の毒。
九条 怜・・・湊の能力を即座に「武器」として計算に入れる、極めて合理的(リアリスト)な弁護士。法律を武器に悪を狩る使命感を持っているが、その戦いの日々が彼女の目つきを険しくさせている。本編では「純白と漆黒の渦巻き」と称されたが、彼女自身は自覚なし。
九条法律事務所・・・神楽坂(オフィス街)の裏通りにある。一般の依頼人はほとんど来ず、主に企業法務や、九条が個人的に興味を持った「獲物」を狩るための拠点となっている。意識を失った湊を事務所に連れ込んだことについては、「別に獲物と思って連れ込んでないし!合法だし!」と真っ赤になりながら強く否定。
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