第6話 保健室の慈愛
放課後の保健室。カーテン越しに差し込む西日が、消毒液の匂いが満ちる部屋を薄くオレンジ色に染めていた。
湊はベッドの端に腰を下ろし、担任の佐伯志保が差し出す氷嚢(ひのう)を頬の腫れに当てた。じんわりとした冷たさが、痛みを麻痺させていく。
本人の姿を捉えた瞬間、佐伯の頭上に半透明のプレートが浮かび上がる。
【名前:佐伯 志保】
【年齢:26歳】
【職業:教師(国語科)】
【知力:78 筋力:42 魅力:75】
【状態:葛藤(大)、自己嫌悪(大)、慈愛(大)、依存性(大)】
佐伯の善意が、湊の傷ついた心にじわりと染み込んでくる。
「……先生、そんな顔しないでください。僕が勝手にやったことですから」
「あの子は、今、とても難しい状況にいるの。家庭にも、そして学校にも、安らげる場所がないみたいで…」
湊の掠れた声に、佐伯は唇を噛み締め、静かに言葉を選んだ。
「空森君。……白瀬さんの状況は複雑すぎるわ。学校のいじめだけじゃない。彼女は今、ブライト・プロモーションという怪しい芸能事務所のスカウトを受けている。そこからお金を得て、家庭から逃れようとしているみたいなの」
佐伯は一枚のメモを差し出した。そこには事務所名と住所、そして白瀬家の住所も記されていた。
「生徒の個人情報を渡すなんて、私はますます教師失格ね……」
湊はメモを受け取った。
悪徳事務所を叩けば、呪いから彼女は救われるのだろうか。それとも、彼女を追い詰めているのは、もっと身近な存在なのか。二つの住所を交互に見つめ、湊は答えを出せずにいた。
保健室を出て、廊下を歩き始めた時だった。
西日の差し込む窓際に、一人の少女が立っていた。白瀬結月だ。
「……白瀬さん」
湊が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。その瞳には、屋上で見た時のような虚無感だけでなく、わずかな戸惑いと、自分を庇って傷ついた湊への心配が混じっていた。
【名前:白瀬 結月】
【状態:絶望(極大)、困惑、懸念】
【異常:呪い(162時間38分09秒後に死亡)】
「……ひどい顔ね」
彼女は湊の腫れた頬を見て、消え入りそうな声で言った。
その瞬間、湊の視界が歪んだ。彼女から流れ込んでくる感情。絶望の底にあるのは、外部からの攻撃ではなく、逃げ場のない場所で自分を押し殺し続ける、窒息しそうな苦しみ。
彼女の視線の先にあるもの、言葉の端々に滲む諦め。湊は確信した。
(内部からの苦しみか……やっぱり、この呪いの根源は……白瀬さんの帰る場所の中にあるかもしれない……)
どんなに悪い組織を追い払ったとしても、彼女が帰る場所が変わらなければ、カウントダウンは止まらない。
「大丈夫だよ。……白瀬さん、君の家のこと、少しだけ教えてくれないか?」
唐突な問いに、凛は目を見開いた。
湊はメモをポケットにねじ込み、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。彼女を縛り付ける鎖の正体を知らなければならない。
「……どうして」
「救いたいからだ。……その最悪な結末から」
湊は、迷いを捨てた。まずは彼女の両親を、その家庭のステータスを覗き見することが呪いの正体にたどり着くために必要――そう確信した瞬間だった。
白瀬の瞳から光が消える。それと同期するように、湊の視界で彼女のステータスが激しく明滅し、色が抜け落ちたような灰色から、底の見えないどす黒い色へと塗りつぶされていく。
「……どうして」
【名前:白瀬 結月】
【状態:絶望(極大)、憤怒(極大)、戸惑い(小)】
【異常:呪い(162時間36分42秒後に死亡)】
「……あなたはどうして、私の邪魔をするの……もう私の戦いを邪魔しないで……」
突き放すような言葉。ステータスに刻まれたのは、すべてを焼き尽くすような静かな怒りだ。
だが、湊の目を見つめ返す彼女は、今にも泣き出しそうな、それでいて全てを諦めたような――残酷なほどに優しい微笑みを浮かべていた。
「だけど、ありがとう……」
その歪な感謝の言葉が、湊の胸を鋭く刺した。
設定紹介
佐伯 志保・・・悩み多き教員歴4年目。2年B組の担任。本来は非常に真面目で規則を重んじる性格だが、透の行動力に心を動かされ、禁じられた情報を漏洩してしまう。彼女の「慈愛(大)」は、本物。もちろん、葛藤(大)、自己嫌悪(大)、依存性(大)も本物。なんでも大きめ。悩みも大きく最近はアルコールに逃避気味……
本作では触れられていないが、作中最大胸囲(もちろん本物)を誇る。でも魅力:75。胸囲が魅力に直結しないことの証明。魅力:75でもすごい美人さんに分類されるが。本作は貧にゅ(失礼)。慎ましやかな女性が多い中で異彩を放つ。ちなみに2位グループはギャルギャルした女子生徒達。
ブライト・プロモーション・・・叡川市を拠点とする芸能事務所。自立を焦っている少女や周囲から孤立した少女をターゲットにグレーゾーンの仕事を斡旋している噂がある。
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