第5話 知らない頃には、戻れない
湊は逃げるように屋上から教室に戻った。
白瀬 結月・・・彼女から感じた氷のような冷たさに、湊の心も引き摺られ凍えていた。そんな視線の先には、売店で買ったフルーツサンドを頬張る日野の姿。生クリームたっぷり、毎日変わるフルーツ、今日は大きくカットされたキウイの断面が眩しく並ぶ。
【名前:日野 陽葵】
【異常:空腹 25% (生クリームって飲み物では?)】
生クリームは飲み物論争は一旦置いておいて、湊の心は、日野の甘味を食べておいしい!という単純な幸せに染まった心に上書きされ、暖かさを取り戻していく。
「湊!この変態め!日野の唇についた生クリームを見つめ過ぎだ!貴様の妄想を想像するだけで、ご飯3杯はいけるぜ!」(拓海:突発的な興奮状態、だが悪意はない)
暖かさを通り越して、拓海のせいで暑苦しさを感じ始めた湊は目を閉じて、白瀬のことを考える。
異常:呪い……7日後に死亡する……ステータスの赤色の点滅する文字。何より、白瀬から感じた極大の絶望……これは、お腹が減ってぐぅーと鳴るような、馬鹿馬鹿しいリミットとは根本的に違う。本当に死んでしまうかもしれないんだ。本当に呪いだとしたら、誰が彼女を呪った?呪いを解く方法はるのか?
……深く深く思考する湊には周囲の声は届かなくなっていた。
「空森君、空森君、もう授業が始まってますよ。背筋を伸ばしたまま、目をつむっているから寝ているか、無視されているか分かりませんが、どちらにせよ先生怒りますよ!」
湊には周囲の雑音。教師の授業や呼びかけさえも届いていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後になり、湊は白瀬を探した。屋上では、心が冷たく浸食される恐怖から、話もせずに逃げ出したが、呪いとタイムリミットを知ってしまった以上、放っておくことはできなかった。
校舎の裏手、非常階段の陰。
そこから漏れ聞こえてくる、粘りつくような笑い声と、鈍い音が湊の足を止めた。
「……ねえ、白瀬さん。黙ってれば済むと思ってるの? その澄ました顔、本当に癪に障るんだけど」
「スカウトなんてされて、調子に乗っているんじゃないの」
湊は反射的に顔を上げた。
視界の先にいたのは、三人の女子生徒に囲まれ、冷たいコンクリートの壁に背を預けて俯いている一人の少女だった。
「おい、お前。何見てんだよ」
取り巻きの女子に呼ばれたらしい男子生徒の一人が、湊の視線に気づいて威圧的に歩み寄ってくる。
逃げるなら、今だ。目を逸らせば、またライトグレーの、何も見なくていい日常に戻れる。
しかし、湊の視界には、刻一刻と削られていく白瀬のタイムリミットが鮮烈に映り続けている。
ゲーム気分だった。他人のプライバシーを覗き見する遊びだった。
だが、もしこの力が、誰かの絶望を止めるために与えられたものだとしたら。
湊は、震える足で一歩前へ踏み出した。
「……やめろよ」
自分の声が、情けないほど震えているのが分かった。
白瀬を囲んでいたクラスメイトたちが、一斉に湊の方を振り向く。
一人が冷たい視線を湊に向け、言った。
「空森、何? 関係ないでしょ」
湊の心臓が早鐘を打つ。彼女らから伝わる感情は、無関心とわずかな苛立ちだった。
(駄目だ…何もできない)
白瀬を囲んでいた三人の女子生徒、湊に詰め寄る取り巻きの男子生徒のステータスを見る。
【状態:加虐、嘲笑】
「空森ィ? 何、ヒーローごっこのつもりかよ」
男子生徒が鼻で笑う。湊は壁際に押しやられ、身動きが取れない。
その瞬間、湊の脳内に男子生徒の快楽が流れ込んできた。弱い者をいたぶることで得られる、下卑た全能感。女子達に力を見せつけ、好きにできるかも知れないという歪んだ欲望。その欲望は白瀬にも向けられ、なめ回すような下劣な視線が向けられる。その欲望はヘドロのような悪臭を放って湊の心を侵食する。
「が……っ、は……!」
湊は息を詰まらせた。全身に強い不快感が広がり、視界がチカチカと火花を散らす。男子生徒に突き飛ばされて、湊は無様に地面に這いつくばった。
「黙って見てりゃいいんだよ、お前みたいなモブはさ」
男子生徒の言葉が突き刺さり、口の中に不快な味が広がる。意識が遠のきそうになる。
地べたに這いつくばる湊の視界に、泥に汚れたローファーが見えた。
「……どうして」
白瀬の声だった。鈴の音のような、けれど温度の全くない声。
「どうして、あなたみたいな関係ない人が、こんな目に遭うの? 無意味なのに」
湊は、口の中に溜まった不快感を地面に吐き捨てた。2人を取り囲む悪意と、自身に流れ込んでくる情報の混濁によるものだった。
苦しい。死ぬほど苦しい。だが、肉体的な苦痛以上に、視界に焼き付いた数字が湊を急かしていた。
【異常:呪い(163時間20分52秒後に死亡)】
押し倒され、視界が半分塞がっていても、その赤い文字だけは鮮明に点滅している。
【異常:呪い(163時間20分47秒後に死亡)】
「……意味なら、あるよ」
【異常:呪い(163時間20分42秒後に死亡)】
湊は震える腕で地面を押し、不快感をもう一度吐き捨てて、無理やり口角を上げた。
【異常:呪い(163時間20分37秒後に死亡)】
「見えちゃったんだよ。君の呪い……あと一週間で死ぬなんて、冗談にもなってないだろ」
白瀬の瞳が、初めて微かに揺れた。
あり得ない。誰にも言っていない、自分だけの終わりの時間を、なぜこの人は知っているのか。
――私の、たった一つの救いだったのに。
目の前の男に向けた感情は、感謝などではなかった。自分の深淵を覗き込まれたことへの生理的な嫌悪と恐怖。
湊は、それでも視線を逸らさなかった。
彼女たちが鼻で笑いながら去っていく足音を聞きながら、湊は思う。
湊は一人、泥だらけになり地面に這いつくばりながら、自分の無力さを噛み締めていた。
見るだけでは、何も変えられない。
だが、見てしまった以上、もう知らない頃の自分には戻れなかった。
この苦しみも、この屈辱も、彼女のカウントダウンを止めるための、ほんの入り口に過ぎないのだということを。
【異常:呪い(163時間17分13秒後に死亡)】
設定紹介
女子生徒3人・・・妬み、嫉妬。学力でも外見でも敵わない相手をいたぶることでしか、自分自身を癒やすことができない。噂話好き。この高校ではギャルギャルしているほうで拓海の好みのタイプ。
取り巻きの男子生徒・・・弱者をいたぶることが大好きなクズ。それ以上に、女子生徒3人とワンチャンあるかもとハーレムを夢想する。やっぱりクズ。
白瀬 結月・・・なぜか決意を固めたように見つめてくる湊に、助けられた感謝の気持ちよりも、心を覗き込まれているような薄ら寒いものを感じた。
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