第4話

 ◇◇◇◇


 エマは一人、カウンターに座っている。


 彼女の前にはフレディが置いていった『戸惑いの雨』があった。

 淡い琥珀色の液体が、瓶の中でゆらゆらと揺れている。


 窓の外の雨は、土砂降りからだんだんと小雨へと変わり――やがて止んだ。


 雲間から差し込む夕日が、店内を黄金色に染める。

 その光に照らされた『戸惑いの雨』が、ゆっくりと虹色へと変わっていた。


 エマはその瓶を手に取り、じっと見つめた。


「戸惑いもまた――愛の始まり、ですね」


 エマは一人そう呟くと、丁寧にラベルを書き換える。

『愛の雨』と記されたその瓶を、棚の中でもひときわ高い場所に収めると、満ち足りたように小さく頷いた。


 棚の奥には、まだ名前のついていない瓶もいくつかあった。

 ラベルは貼られているものの、文字は書かれていない。


 それらは、まだ言葉を与えられていない想いを含んだ雨たち――けれど確かに、誰かの心から零れ落ちた感情。


 エマはその瓶たちに視線を巡らせ、そっと息をつく。

 いつか必要とする人が現れたとき、きっとこれらの雨たちも名前を持つ。

 そう信じながら、エマはこの店に立っている。


「本日もありがとうございました。また明日も、雨を待っています」


 空を見上げながら呟くと、エマは店先の看板をしまい終えた。



 ◇◇◇◇



 今日もまた雨が降る。

 新しい想いを抱えた人が、きっとこの店を訪れるだろう。


 静寂に包まれた店内で、壁一面の瓶たちがそれぞれの想いを宿して静かに光っている。


 エマはいつものようにお茶を淹れながら、雨の音に耳を傾けていた。

 そしてときどき、窓の外を見つめる。


 誰かを待つように。


 エマは、名の記されていない深いエメラルドグリーン色の瓶を、慈しむように撫でた。

 大切な記憶に触れるかのように――そっと、優しく。


 そこに込められた想いに、まだ名前をつけることはできないまま。


 いつか自分の雨を本当に必要とする人が現れる日を、静かに待ち続けながら。



 雨の季節は、まだ終わらない。


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雨、量り売りいたします。 綾瀬アヲ @yonagatsuki2

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