第2話 エルフの集落

「あの、本当に大丈夫ですか……? 思わず踏んじゃったとき、嫌な音がした気がするのですが……」

「平気平気。見てみなよ、どこも怪我なんてしてないだろ?」

「た、確かに……」


 心配げに俺の顔を覗き込んできた美しい顔が、安心したように小さく息をついた。

 いま俺は、目の前に座る少女── ティルフィアの自宅で手当てを受けている。まあ、手当てという手当てを受ける間もなく傷は治癒してしまったのだが。


 ティルフィアは純白の長髪に金碧のオッドアイをした見目麗しい少女だ。

 そしてその尖った長耳が示すとおり、エルフ族である。

 俺が横たわっていた場所はエルフ族が暮らす集落の近くだったらしい。ティルフィアが薬草採取のために森を歩いていたところ、偶然俺を見つけたそうだ。見知らぬ人間族が森の中で謎に寝そべっているとなれば、そりゃきっと驚いたことだろう。

 おまけにパンツまで見られて、普通ならこんな不審な人間なんか捨て置くか木に縛りつけて仲間を呼びに行くのが普通だと思うが、ティルフィアは「傷の手当てをさせてほしい」と親切にも自身の集落まで俺を連れ帰った。

 着いた先は、一本の巨大樹を中心に円形状に広がる小さな村だった。その中でも巨大樹の根元付近に建つ小さな自宅へと、ティルフィアは俺を招き入れたのだった。


「よかった。何事もないようで安心しました。……あ、森の中で倒れていたくらいです、お腹空いてますよね?」

 立ち上がったティルフィアがいそいそと運んできたのは、野菜を煮込んだスープだった。

「どうぞ召し上がってください」

「あ、ああ、ありがとう」

 

 別に空腹のあまり倒れていたわけじゃなかったが、断るのもなんなのでいただくことにする。

 ひと口食べてみると、優しい味だが深みもあって結構美味かった。

 

「美味い。ティルフィアは料理が上手なんだな」

「そ、そんなそんな。普段は自分のためにしかつくりませんから、お口にあったようでなによりです」


 ほんのりと顔を赤くするティルフィア。エルフは長命種族のため外見じゃ年齢がわからないというが、ひょっとすると彼女は見た目通り十代半ばほどの年齢なのかもしれない。

 不意にティルフィアが小首を傾げた。

 

「イクト様は、どうしてこんな辺鄙な森の中を彷徨われていたのですか? なにか目的があって旅をなさっているのですか?」

「目的、ね」俺は虚空を眺める。「最初はあったんだけどな、いまじゃもう目的も意味もないままアンデッドみたいに大陸中を放浪してるだけだよ」


 自嘲がやけに面白く思えて笑えてきた。見た目は生きた人間だが、まさにいまの俺はアンデッドだ。終わりのない世界をいつまでも徘徊している。

 しかしティルフィアは羨ましげに微笑んだ。


「世界中を旅……いいですね。私もいつか外の世界を見てみたいです」

「ティルフィアも旅に出ればいいじゃないか」

「私にはお務めがありますから。この森を離れるわけにはいかないんです」

「お務め……?」


 そのとき、やや乱暴に家のドアが開け放たれた。


「ティルフィア! 森で人間を拾ってきたというのは本当か!」


 姿を見せたのは、老いた男エルフがひとりと若い男エルフが複数人。

 彼らは俺を認めると一様に眉をひそめつつティルフィアを見やった。


「どうして人間など連れてきた! 穢らわしい存在を我らの集落に入れるでない!」

「そうだそうだ! 人間なんかみんなクソなんだ!」

「巫女としての自覚が足りてないぞ! そいつがあの阿保貴族みたいに神殿を荒らしに来た奴だったらどうするつもりだ!」


 口々に喚く男エルフ達。それらをひとしきり受け止めたのち、しかしティルフィアは凛とした口調で返した。


「イクト様はただの旅人です。私達の神殿を荒らしに来たのではありません。それに、たとえ人間だろうと森の中で倒れている人を見捨てるわけにはいきません」


 いや倒れてたんじゃなくて意味もなく寝転がってただけなんだけど……とは流石に言えない雰囲気だ。

 あとティルフィアが外に出られない理由にも察しがついた。なるほど、この森にはエルフ達が守護する神殿的なのがあるわけか。そんでティルフィアは巫女として務めを果たしていると。だから集落を離れられないんだな。

 まあそこらへんの事情には首を突っ込むまい。とりあえず男エルフ達の警戒と敵意を少しでも収めておくとしよう。


「あーすまんご老人と若衆がた。俺は本当に放浪の旅のさなかでたまたま近くを通りがかっただけなんだ。もう充分手当てと施しを受けた。いますぐここを出ていくよ。だから喧嘩はやめてくれ」


 俺がそう言うと、男エルフ達の剣幕も幾分鳴りを潜める。やや間を置いたのち、老エルフがひとつ咳払いをした。


「それなら、まあよい。ここは我らがエルフ族の安息の地。わかったら早く出ていってくれ」

「ああ」


 立ち上がる俺。そのまま出口に向かおうとして……突如けたたましい馬の足音の群れが集落に流れ込んできた。


「聞こえるかエルフどもおおおっ! 貴様らの領主ネブル・デルテリア様のご到着である! 族長および巫女は即刻御前に姿を見せよおおおっ!」


 途端に老エルフは渋面をかたどった。

「ちっ。本物の厄介者が現れおったわい。まったく懲りん奴め……!」

 悪態をつきながら老エルフは身を翻して外に出ていく。

 ちらと横を見ると、ティルフィアもまた胸の前で手を組みつつ深刻げな表情をたたえていた。

 ティルフィアの視線が俺を見る。

「イクト様はいましばらくここでお待ちください」


 そうしてあっという間にいなくなるエルフ達。

 俺は半開きのドアの陰からこっそり様子を盗み見る。

 広場の方に目をやると……そこには馬に乗った騎士達と、その先頭で横柄な笑みをたたえる大柄な金髪男の姿があった。

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