【第17話】はまらないピース。

——また日常が戻り、


私の中の時間も、少しずつ歪み始めていた。



部活のことで、悩みが増えた。


これまで目を逸らしてきた問題が、

一気に表に出てきたような感覚。



人間関係

役割

期待

責任


好きで選んだはずの場所なのに、

「ここに居続けていいのか分からない」

そんな気持ちが、泥のように胸の奥に溜まっていく。



練習後、一人になった瞬間に、

どっと疲れが押し寄せる日が増えた。



京介とのことも、

初めてのこの気持ちにどう向き合えばいいのか分からず、


過去の恋愛を引っ張り出しては、

「また相手を傷つけるんじゃないか」と、

日に日に臆病になっていく。



そんななかでも、

京介との日常は相変わらず続いていた。





——そんなある日。


「帆波、なんかあった?」



他愛もない電話でのやり取りの延長線で、

私の微かな違和感に彼は気づいていた。



『なんか、最近しんどくて』



部活での葛藤。

自分の立ち位置。

誰にも言えなかった不安。

それらを、ぽつりぽつりと話していく。



京介もまた、

野球のこと。

先輩のこと。

後輩のこと。

自分への苛立ちを隠さずに話してくれた。



「分かるよ」


「それ、しんどいよな」


「大丈夫。」



そんな言葉を投げ合いながら。


確かに、私たちは“何でも話せる関係”だった。


――私の、彼へのこの想いを除いては。



相談するたびに、励まし合うたびに。

優しい言葉をかけられるたびに。



私の中の京介への想いは、


静かに、確実に、

自分でも触れられないほど大きく膨らんでいった。







声を聞くと、落ち着く。


連絡が来ると、安心する。



だけど同時に、この曖昧な関係が、

私をさらに臆病にしていく。



近づいているはずなのに、

どこにも辿り着けない感覚。



進もうとすれば、

壊してしまいそうで怖い。



戻ろうとすれば、

もう戻れないところまで来てしまっている。



この気持ちを、

どこへ逃がしてあげればいいのか、分からなかった。










そんなある夜。



京介から届いた、

いつも通りの明るいメッセージ。


——————————————————


木村 京介

件名:なし


昨日も、TELありがとな🤭


俺らめっちゃ良い関係だよな🤭

これからも二人にとって

よりよい関係にしていきたいな♫


俺と帆波は今までたくさん腹割って

話してきたし、俺らに乗り越えられない

壁とか無い(^^) ✊🏻

一緒にがんばろうな☺️


あと、日曜日休みならこっち来る?


——————————————————



画面に並ぶ言葉を、

私はしばらく見つめたまま動けなかった。



会いたい。



そう思うと同時に、



“良い関係”という言葉が、


優しくて、正しくて。


そして、どうしようもなく残酷だった。



良い関係でいたい。


壊したくない。

失いたくない。



――でも、このままじゃ、私が壊れる。



そんな悲鳴が、胸の奥から聞こえてくる。



好きな人と話せているのに、

今側にいるのに、苦しい。




『好きすぎて、辛い。』


私の中に、まだこんなにも制御できない感情が残っていたことに、



自分自身がいちばん驚いていた。



分かり合えているはずなのに、

満たされない。


進めない。


戻れない。



どちらを選んでも痛みが伴うなら――


いっそのこと、すべて壊してしまいたい。



そう思ってしまう自分を、

私は責めることができなかった。



これは弱さなんかじゃない。


自分の心を守ろうとする、

本能が叫ぶ最後のサインだったから。




“良い関係”という名の輪の中で、

一人だけ取り残されていく感覚。



笑顔のまま、心だけが摩耗していく。



私はまだ、知らなかった。



この想いが、「離れる」という究極の選択へ向かって、



静かに、でも確実に動き出していることを。



――もう、誰にも止められないところまで。

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