【第16話】隠した想いの行き先。
会う約束をした日から、
時間は驚くほど、いつも通りに流れていった。
講義に出て、
練習に行って、
バイトに行って、
空いた時間には、
メールや電話で京介と繋がる。
特別じゃない、大切な日常を
ただ過ごしていた。
「今日さ、トレーニング頑張った
ムキムキになったばいね」
『おつかれさま。ムキムキ京介見たい!(笑)』
「期待すんなよ(笑) 帆波は調子どう?」
そんな、いつもと変わらない会話。
笑って、ふざけて、そうやっていつも
一日の終わりを埋めていく。
なのに。
カレンダーの中で、
“京介が来る日”だけが、
静かに色を変えて存在していた。
会う日が近づくほど、
胸の奥が、じわじわと忙しくなる。
楽しみと、不安と、
期待と、怖さ。
どれも否定できなくて、
どれも同じ重さで胸に溜まっていく。
——あの日のことを、
京介はどう思っているんだろう。
そう考えそうになるたび、
私は、ぎゅっと思考を止めた。
考えたって、分からない。
触れられていないことが、
今の答えなんだと思うことにした。
触れなければ、
この関係は壊れない。
少なくとも、
壊れていることに気づかずにいられるから。
私は、その曖昧さを
見て見ぬふりすることが精一杯だった。
⸻
約束の日の前日。
部屋の片隅で、
ゴンゾーがいつもより落ち着きなく動いている。
『明日、お客さん来るけんね』
そう声をかけると、
意味が分かるわけでもないのに、
ゴンゾーと目があって思わず笑う。
冷蔵庫の中を確認して、
献立を頭の中で組み立てる。
初めて会うわけでもない。
ただ、話して、笑って、
一緒にご飯を食べて、
二人の時間を過ごすだけ。
それだけなのに。
どうしてこんなにも、
胸が落ち着かないんだろう。
ベッドに横になって
なかなか眠れなかった。
目を閉じると、
思い出すのは、
あの夜の、ほんの一瞬。
触れた唇の感触と、
近すぎた距離。
——思い出さない。
そう決めていたのに。
私は、枕に顔を埋めた。
変わらないふりをする。
それが、
今の私が選んだやり方だから。
⸻
約束の日。
私は、グラウンドへ向かった。
私は、部活があるため、
終わる時間に合わせて京介が来てくれることになっている。
————。
練習が終わり、
グラウンドの近くで京介が待ってくれていた。
「お疲れ様」
優しくて、愛おしい声に胸が弾む。
『ここまで来てくれて、ありがとね』
そこから家まで、二人で歩く。
家までの道のり。
部屋に入り、テレビをつけて
彼に待ってもらっている間のシャワー。
一緒にご飯を食べて、他愛もない話をする。
いつもの二人。
二人だけの時間がそっと流れる。
自分の気持ちに気づいてしまったあとでも、
変わらない二人の居心地の良さに
私はどこか安心していた。
話題は、自然と京介の野球の話になる。
京介は、淡々と、
でも正直に話してくれた。
迷っていること。
気力が湧かないこと。
それでも、もう一度メンバーとして立ちたいこと。
私は黙って、
その言葉ひとつひとつを受け取っていく。
葛藤して、苦しくて
それでも前向こうとしていることが
伝わって胸を締め付ける。
『いつも同じことばっかり言っとるけど、
京介なら大丈夫よ、絶対。
私には、レギュラー復帰する
京介がちゃんと見えとる。
四年生でキャプテンやっとる京介まで見えとる』
私は、しっかり京介の目を見て伝えた。
「帆波は、本当に優しいよな」
その言葉に、
胸がきゅっと縮んだ。
「自分のことより、相手のことばっかりやし。
もっと自分も大事にしてな」
少し間を置いて、京介は続けた。
「出会って数ヶ月で、
こんなに親密になるって思わんかった。
俺はこれからも、帆波のこと大事にしたいし、
二人で助け合いながらやっていきたいって思っとる」
その言葉がやけに胸に刺さって、
思わず、
ーー好き。
そう言いそうになった。
でも。
そうすれば、きっと京介は困る。
野球のことで精一杯な今、
私との関係で悩ませるわけにはいかない。
それに——
元カノという存在を、
京介は超えられたのか怖くて聞けずにいたから。
私自身も、過去の恋愛で言われた
言葉が頭をよぎる。
そして、
初めて経験している、この気持ちへの葛藤。
どうしようもなく、
私を臆病にしていく。
『ありがとう、
私も同じ気持ち。
京介のこと、大事』
それだけ。
それ以上は言わなかった。
——言えなかった、が正しいのかもしれない。
それは、勇気がなかったからじゃなく、
壊したくなかったから。
少しの沈黙が流れて、
「...帆波……いい?」
この前は、
聞いてこなかったのに。
ずるい。と思った
『……ん』
小さく頷く。
この前より、
長くて、
深くて、
逃げ場のない距離。
何を確かめるみたいに、
唇が重なっていく。
どうしようもなく優しくて、
「大事にしたい。」
その言葉通りの感覚だけが伝わるように。
——何度も唇だけを重ねた。
私たちは、
お互いに一歩を踏み出せないでいたんだと思う。
京介の、日々の葛藤と現実。そして過去。
私の、過去と初めてのこの気持ちへの戸惑い。
合うはずだったパズルピースが
裏返しになって気づかない。
きっとそんな感じだった。
——隠した想いは、
行き先を失ったまま、
ただ、静かに胸の奥で熱を持っていた。
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