【第3話】出会い。
十九歳の私は、
ただ、がむしゃらだった。
同じ大学に進んだ親友や、
新しくできた仲間と受ける講義。
休み時間になれば、
たわいもないガールズトークに花を咲かせる。
どこにでもある、充実した大学生活。
放課後のチャイムが鳴ると、
私の足は自然とグラウンドへ向かい、高校時代から続けている、野球部のマネージャーとしての日常が始まる。
強化部に指定されている野球部は、
総勢百五十人を超える大所帯。
その中で、女子マネージャーは私ひとりだった。
正直、きついことのほうが多い。
体力的にも、精神的にも。
それでも、
高校時代から目を掛けてくれていた監督や指導者に支えられながら、私は私なりに、この場所と向き合い続けていた。
グラウンドに響く乾いた打球音や、
夕闇に泥だらけの背中が並んでいく光景。
それを見ていると、
なぜか胸の奥が、少しだけ満たされる気がして、
時にぶつかり、汗を流し、
少しずつ絆が形になっていく。
そんな特別な空気が、
私はどうしようもなく好きだった。
部活が終われば、
休む間もなくアルバイトへ向かい、
一人暮らしのアパートに辿り着く頃には、
いつも日付が変わっている。
疲れ切った身体を引きずりながら、
翌日の準備を済ませ、そのまま布団に倒れ込む。
そんな毎日だったけれど、
不思議と、心は満たされていた。
間違いなく、私は「青春」という名の熱の中にいた。
今は、この熱に全力で向き合っていればいい。
心から、そう思っていた。
——五月。
新入生が入学して、キャンパスの空気も、
少しずつ落ち着きを見せていた。
新しい出会いの季節。
なんとなく、周りが騒がしい。
見渡せば、恋をしている人がたくさんいる。
彼氏ができたとか、別れたとか。
そんな話題が、春の風に乗って自然と耳に届く。
私も、これまでそれなりに恋愛はしてきた。
誰かに好かれたり、誰かを好きだと思ったり、
そういう経験がなかったわけじゃない。
けれど。
胸を焦がすような恋とか、
涙が止まらなくなるほどの想いとか。
そういうものは、まだ、よく分からなかった。
よく分からないまま、
相手を傷つけてしまうことも多くて。
「俺のこと、本当に好きなの?」
と聞かれた時は、正直落ち込んだ。
「好き」って、どういう感情なんだろう。
どこからが、本物なんだろう。
答えの出ない問いを抱えたまま、
私はいつの間にか、
恋愛というものから一歩だけ、距離を置くようになっていた。
——そんなある日の夜。
机の上で、スマートフォンが短く震えた。
画面に表示されたのは、
高校時代から一番仲のいい男友達――大地。
『今、電話いい?』
と短いメッセージ。
通話ボタンを押すと、
受話器越しに、大地のいつもより落ち着いた声が聞こえてきた。
少しの雑談を終えた後、大地は私に言った。
「……紹介したい奴がおるんやけど」
一瞬、言葉が出なかった。
大地からそんな話を振られるなんて、
初めてだったから。
「え、私……?」
少しの沈黙。迷うような間をおいてから、
大地はゆっくりと言葉を繋いだ。
「いろいろ考えたんやけど。
俺は、一番信頼できる帆波(ほなみ)がいいと思って」
理由を聞くと、
その彼は、長く付き合っていた彼女と別れてから、
ずっと前に進めずにいるらしい。
気づけば、
仲間内で私の名前が挙がっていたのだという。
大地の真っ直ぐな声に押されるように、
私はただ「分かった」と答えていた。
電話を切ったあと、
数分もしないうちに、一通のメールが届いていた。
——————————————————
××××@×××.ne.jp
件名:なし
はじめまして✨
○○大野球部の
木村 京介(きょうすけ)です
大地から紹介してもらいました!
——————————————————
液晶画面に浮かぶ、初めて見る名前。
木村 京介。
画面に浮かぶ、その名前を、私はまだ何の感情もなく見つめていた。
この数行の文字が、
私の世界をどれほど変えてしまうのか。
それを知るのは、もう少し先の話。
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