【第2話】秘密の電源を入れる日。

「これが、幸せなんだ」

そう、自分に言い聞かせている。



家に帰れば、

慈しんでくれる夫と、愛くるしい子供がいる。



何ひとつ不自由のない暮らし。



キャリアアップのために資格を取り、

意を決して転職した仕事も、順調そのものだ。



上司や同僚にも恵まれ、

確かなやりがいを感じながら働いている。



「母」の顔になれば、


ママ友たちとも波風を立てずに付き合い、PTAでは副会長という大役も、そつなくこなしている。



週に数回、子供と一緒に習い事に通い、

親子の対話も、人一倍大切にしてきた。



慌ただしくも、満たされた毎日。



客観的に見れば、

私は「正解の人生」を歩んでいるのだと思う。



……だけど、

私には誰にも言えない秘密がある。



どうしようもなく大切で、

残酷なまでに愛おしい、私だけの宝物。



思い出が詰まった、



古いスマートフォンと手帳。



十三年前から、どうしても手放せずにいる。



幸せでいようとするほど、

あの人の名前が胸に浮かぶ。



そして、あの人の面影が胸をかすめるたび、

この思い出の電源を入れてしまうのだ。



あの日々に触れたくて。

あの人がくれた言葉を、もう一度確かめたくて。




家族が寝静まった静寂の中、


私は今日も、

秘密の扉を開けるように、


古い電源を入れる——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る