後編(3/3)

 あれから仕事量は正常に戻り、僕は無理せず働くことができるようになっていた。その週末に鴨川デルタに来ていたら、あの〝変な〟五人もそこにいた。


「あ! 織田さんたちだ!」


 舞子が走っていく。

 聞いたところによると、彼らは東京の天下トーイツ・カンパニーというシステム会社の役員たちだった。


 一番背が高くてオーラのある社長の織田さん。

 笑顔が煌めく営業部長の豊臣さん。

 がっしりとした体格で頼りになりそうな、技術部長の武田さん。

 真面目で誠実そうな経理部長の徳川さん。

 そして、凛とした雰囲気の人事部長の上杉さん。

 

「ハルくん、私この人たちと仲良くなってん。今日は一緒に過ごさへん?」

「え……まぁいいけど」


 戸惑っている僕をよそに、舞子はもう輪の中に入っていた。


「今日は何食べはるんですか?」

「お、聞いてくれる? 今日はな、ちょっと気合入れてきたんだよ」


 豊臣さんが紙袋を掲げる。

 中から取り出されたのは、京都の惣菜屋で買ったらしい大きなだし巻き卵と、焼き鯖寿司。


「うわ……それ、絶対おいしいやつやん」と舞子が前のめりになる。

「分かる? 朝から並んだかいがあったよ」


 武田さんはコンロ代わりの簡易バーナーで、ウインナーをじっくり焼いている。じゅう、という音と一緒に、香ばしい匂いが風に乗った。


「外で食べると、同じものも三割増しでうまいぜ。技術的根拠はないがな」


 徳川さんはきっちり人数分の紙皿を並べ、上杉さんはおにぎりを配っていく。

 梅、昆布、鮭。どれも地味だけど、やたらと安心する。


「ハルくん、どれにする?」

「……じゃあ鮭で」


 かぶりついた瞬間、ふわっと広がる塩気と米の甘さ。

 鴨川の音をBGMに食べるだけで、なんでもご馳走になる。

 すると織田さんが、だし巻きを一切れ箸で取りながら言った。

 

「働くのも大事だが、腹が減ったまま考え事すると――ろくな結論が出ないからな」

「それ、経営論ですか」と僕が尋ねる。

「人生論だ」


 舞子がくすっと笑う。

 僕も、つられて笑った。


 ――こういう時間が、ちゃんとあるなら。

 仕事は、もう少しだけ頑張れる気がした。

 

 食後、豊臣さんが最後の紙袋をそっと開いた。


「よし、締めといこうか!」


 出てきたのは、照りのいいみたらし団子。

 串を傾けた瞬間、甘辛いタレがとろりと光って、鼻先に香ばしさが届く。


「このタレ、甘すぎないのがいいな」と上杉さん。

「ここ、砂糖で誤魔化さないねん」と舞子が笑う。


「外で食う甘いものは、なんでこう美味いんだろうな」と武田さん。

「景色代でも入っているんだろう」と徳川さん。

 

 僕も一口かじった。

 もちっとした歯応えのあと、醤油のコクと砂糖の甘さが広がる。


 豊臣さんは紙コップに抹茶ラテを注ぎ、さらに小さな抹茶クッキーを配ってくれた……抹茶、大好きだな。

 川の音と甘味は、相性がいい。


 気づけば、五人は少し離れた飛び石のほうへ移っていた。陽の光が、川面をやわらかく染める。


「……行こ」


 舞子が、僕の袖を軽く引く。

 二人でその場を離れ、少しだけ下流へ歩いた。


「最近、顔色良くなったな」

「そう?」

「うん。ちゃんと呼吸してる感じ」


 僕は串を少し傾けて端の団子を一つ外し、舞子に渡した。彼女は迷わず受け取って、にこっと笑った。


 並んで川を見る。

 風が、ちょうどいい速さで流れていた。

 言葉は少ないけど、足りている。


 鴨川デルタは、今日も変わらずそこにあった。

 甘い後味と、静かな時間だけを残して。



 ※※※



 夜の鴨川は、昼よりも音が少ない。

 川の流れる音と遠くの車の気配、それだけ。


 舞子と並んでベンチに座り、ぼんやり水面を眺めていた、そのときだった。


 ――ガサッ。


「……?」


 背後から、明らかに人の気配。

 しかも一人じゃない。

 複数。重たい靴音。紙袋が擦れる音。


 いや、待って。

 この数……五人分じゃない?


「うわ……」


 思わず声が漏れた。


「どうしたん?」

「いや、なんか……後ろ……」


 振り返る勇気が出ない。

 でも振り返らなくても分かる。


 気配が、でかい。


 ゴホン、という咳払い。

 やけに整った足音。

 誰かが小声で「静かにしろ」と言っている。


 完全に、あの人たちだ。


「……見られてる?」

「たぶん」


 背後で、またガサッ。


「近い近い近い……!」


 さすがに耐えきれず、僕は勢いよく振り返った。

 案の定だった。


 五人、揃って立っている。

 しかも全員、気まずそうに目を逸らしている。


「いや、その……」と、豊臣さんが斜め上を見ながら頭を掻く。

 

「通り道やと思ってな」

「完全に寄り道だろ」と、徳川さんが小声で突っ込む。


「……覗くつもりはなかった」と、武田さんは真顔だ。

「結果的に覗いている」と、上杉さんも真顔だ。

 

 最後に、織田さんが一言。


「問題ない、業務外だ。気にするな」


 一番気になる言い方だった。


「いや、めちゃくちゃ気になりますって……!」


 こんな僕の言い方に、舞子が吹き出す。

 

「ふふ、もう。ほな、私らは行こか」


 そう言って立ち上がると、五人は一斉に背を向けた。


「失礼しました」

「完全撤退」

「解散だ解散」


 足音が遠ざかっていく。

 静けさが戻った川辺で、僕は大きく息を吐いた。


「……なんやったんや、今の」

「見守り、やろ」

 

 舞子は楽しそうに言う。

 夜風が、少しだけあたたかい。


 ――まあ、いっか。

 ああいう人たちが、遠くで見てくれてるなら。


 また来よう。

 次は、後ろに誰もいない時間帯で。



「鴨川デルタで、僕はスーツ侍に会った」 完

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鴨川デルタで、僕はスーツ侍に会った 紅夜チャンプル @koya_champuru

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