中編(2/3)

 そこにはいつの間にか、スーツにマントを羽織った五人が立っていた。

 オフィスの入り口のドアは閉まっているはずだ。

 誰かが入ってきた気配はなかった。


「誰だ、君たちは」


 男が振り返るより早く、紅いスーツの男が会議室に入った。


「技術部の視点から言わせてもらう。疲弊した人間は、ミスを生む。ミスは事故を生み、事故は会社を壊す」


 金色のスーツの男が肩をすくめる。


「営業的にも最悪だな。不満を抱えた社員ほど、会社の外で本音を漏らす」


 白いスーツの男が、静かに言葉を重ねる。


「人を消耗品みたいに扱う組織は、いずれ、人から見放される」


 外部コンサルの男は笑った。


「理想論だ。会社は利益を出してこそ――」

「違う」


 低く、冷静な声は蒼色のスーツの男。

 

「利益は結果だ。削り取った人の時間を、利益と呼ぶな」


 最後に、黒に赤いラインの入ったスーツを来た男が前に出る。視線は鋭いが、声は驚くほど静かだった。


「貴様は、理念に紛れて人を削る。それがブラック・ザコ団のやり方か」


 男の姿が、ぐにゃりと歪む。

 スーツの下から、黒い影が滲み出した。


『クッソー! なんで分かったんだよー』


 黒い影は煙になって立ち上り、まるで妖怪のようだった。


「あの……あなたたちは一体……? それにこれって……何?」


 僕が尋ねると五人は一瞬だけ顔を見合わせ、まるで合図でもあったかのように、すっと前に出た。


「黒の統括戦士、スーツ侍・ノブナガ。理念を歪める者を、正す者だ」

「金の営業戦士、スーツ侍・ヒデヨシ。人を削って取る数字は、営業成績ちゃうで?」

「紅の技術戦士、スーツ侍・シンゲン。壊れるまで使う仕組みは、技術とは呼ばない」

「蒼の経理戦士、スーツ侍・イエヤス。無理を前提にした計算は、最初から赤字だ」

「白の人事戦士、スーツ侍・ケンシン。人を守れぬ組織に、未来はない」


 そして――もう一人。


 少しだけ後ろに立っていた女性が、静かに一歩前へ出た。若緑色の羽織が、会議室の白い光の中でやわらかく揺れる。


 彼女は、名乗る前に僕のほうを見た。

 その視線は不思議と落ち着いていて、怖さがなかった。


「若緑の京都戦士・マイ」


 それだけ言って、深くは踏み込まない。


「本来は、京都を守る立場。せやけど今回は――」


 マイは、スーツ侍たちのほうへ一度だけ視線を送る。


「彼を放っておけへん思うて。無理を〝当たり前〟にされる前に、助けとうなりました」


 ノブナガが、短く頷いた。


「彼女の願いだ。今回は、共に動いた」


 マイは小さく息を吐き、ほっとしたように微笑む。


「安心して。ハルくん……あなたは、ようやっとる」


 その一言で、心に溜まっていた何かが、音もなくほどけた気がした。


 ――ああ。

 これは夢やない。


 くりっとした瞳に、見慣れたふたつ結び。

 どこかペンギンみたいな、あの愛嬌。


 ……間違いない。


 彼女は、舞子だった。

 

 きっとすぐにあのスーツ侍とも打ち解けて、わざわざ僕のために来てくれたのだろう……いきなりだったけど。


 他の従業員たちも皆、不思議そうな顔で会議室の前に集まっている。そんな彼らに、技術侍のシンゲンが口を開いた。


「皆の者、締切の早いものからタスク管理表を生成しよう。風林火山・一元管理!」


 彼がゲラと原稿が重なるデスクに向かって盾をかざすと、そこからタスク管理表が現れた。

 

「各自の割当まで……ありがとうございます!」と主任が言う。それを見た黒い煙の妖怪が声を上げる。

 

『クッソー! こうなったら! 〝若いんだから平気〟波動!』


「若いんだから平気……」

 その言葉が呪いみたいに広がり、胸が締めつけられた。

 ――さっきまで、これを「当たり前」だと思っていた自分が怖かった。

 しかし、営業侍のヒデヨシが金の扇を広げる。


「今の時代、若いんだからなんてダサいこと言っちゃあいけないぜ! 笑顔スマイル・百万石アプローチ!」


 金色のオーラが舞い上がり、黒い妖怪は怯む。


『うぅっ……! こうなったら〝善意の強要〟ビーム!』


 今度は「みんながやってるから……」という声が聞こえてきて、仕事をし続けなければならない気持ちになってしまう。

 すると、経理侍のイエヤスが蒼の扇をかざす。


「その悪どい考えなど断ち切って見せよう。減損げんそんカッター!」


 蒼くて鋭い刃が扇から発射され、妖怪を切り裂く。


『いってえなぁ!』


 妖怪は文句を言いながら次の術を放とうとしたが、そこにスーツ侍リーダーのノブナガが、炎の刀を手に立ち向かう。


「貴様のその腐った理念もろとも……ぶった斬る! 炎焔えんえん・破断!」


 炎の刀が勢いよく振り下ろされ、黒い妖怪は情けない断末魔とともに砕け散った。

 

「皆の者、最後は私だ。心頭滅却・義魂ぎこん解放!」


 こう叫ぶのは人事侍のケンシン。彼の浄化パワーで従業員の体力が回復した。僕も睡眠不足で頭が重かったのが、一気にすっきりとした。


「さて皆さん、京都の八ツ橋と抹茶ですよ。お仕事おつかれさんです」


 そこには若緑色の羽織を揺らしながら、お盆を運ぶマイの姿。


「はい、ハルくん」

「ありがとう……」

「へへ……良かったなぁ」


 何よりも彼女の笑顔が一番、僕を救ってくれる――

 そんな気がした。

 

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