第2話 男飼 1
この村の秋祭りは三日間にわたって村の人たちを楽しませる。
毎年、十月の第一週は祭りの準備で姉さんたちは大忙しなのだけど、舞台つくりなんかの力仕事に汗流しながら、口許には、何か恥ずかしさと嬉しさの混ざった笑みが浮かんでいる。
その笑みが何を意味するのか、なんとなくわかってきたのは数年前。
淫らという言葉の感覚が、自分の中にも芽生えてくる頃だった。
久里神社は村はずれの小山の上にあぐらをかくようにして鎮座している。
その長い階段下には広い参道があり、祭りの時はその両脇に出店がたくさん並ぶ。
赤や黄色のちょうちんが吊るされた、夜でも煌煌と明るい出店の列を眺めると今でも胸が高鳴ってくる。
そして、りんご飴や焼き鳥などの店が並ぶその通りから、少し歩いたところ、街灯があまり無くて暗く沈んだ場所に、男飼の来る敷地がある。
鉄条網でしきられたその場所は、広さが20メートル四方くらいで、秋祭りの時はそこに四戸から五戸の小屋が即席で建てられる。
常設のものは一番奥にある倉庫だけだった。
高い位置に明り取りがあるだけで、窓のない倉庫。中に何があるのか、それは子供の知ってはいけない事だと言われていた。
その中に入っていいのは18歳以上の姉さん達だけだから。
特に、その年18歳になった娘達は強制的につれていかれる。
男飼デビューなどと言われて、年上の姉さん達に冷やかされたりする。
本人達は嬉しさと怖さが交じり合った複雑な表情で、そんな冷やかしの中を先輩または母親に連れられて、ちょうちんがほのかに照らす参道をゆっくりと歩いていく。
私もいずれはそうやってあの中に入る時が来るのだろう。
でも実は一度すでに入った事があるのだ。
六歳になったばかりの頃だった。
ジロがまだ子犬の頃だ。夕方の散歩の時、ふとした拍子に鎖が外れてしまって、私を置いて勢いよく駆け出してしまったのだ。
「ジロ、駄目だよ、もう夜になるんだから。帰ってきてよ」
泣きながら、ジロを追って暗い道を私は走った。
ちょうど祭りの前日の事だった。ジロは戻ってこない。
夕暮れから夜に変ろうという時刻。西の空の筋雲が紫がかった茜色に染まっていた。
ちょうちんなどの飾りつけは済んでいるけど、灯りはまだ灯されていなかった。
風にゆれる暗いちょうちんの列は、まるでお化けみたいに見えて、普段よりいっそうその通りを恐ろしく見せていた。
一人ぼっちを実感したらなおさら怖くなってきた。
やっとジロを見つけたのは、錆びた鉄条網の前だった。倉庫が目の前にあった。
いつのまにか男飼の敷地の裏側に回ってきてしまったのだ。
いつもは静かに闇に沈んでいる木造の倉庫が、その日は明々と上の明り取りの窓から光を漏らしていた。
人の声も少し聞こえる。聞いた事のない言葉使いに低いドラ声。私の背中の産毛が逆立った。
その倉庫に気を取られた隙に、またジロに逃げられた。
ジロは遊んでるつもりなのだ。尻尾を振ってる様子でわかる。
錆びて切れ切れになった鉄条網を潜り抜けて、ジロが男飼の敷地に入っていった。
呼んでも戻ってこないから、仕方なくジロが入ったのと同じ様にして入り込むことにした。
背中の生地が引っかかってキリキリと嫌な音を立てる。
髪の毛にまとわりつく鉄のとげをはらいながら何とか侵入した。
倉庫の裏手を回って、側面に向かう。ジロは少し進んでは、振りかえって私を待つ。
私が進むと同じだけジロも進むから、間隔はぜんぜん変らない。
誰かに見つからないかとはらはらしながらジロを追いかける。
近くに人はいないようだ。さっき聞こえていた声は倉庫の中からだったのだろう。
倉庫の側面から表側に出てみると、そこは小屋に囲まれたちょっとした広場になっていた。
ススキを刈り取った跡が生々しい匂いを発散していた。倉庫の入り口の電灯で、この辺りは明るく照らされていた。
そこで私はやっとジロを捕まえる事ができた。紐をしっかり結んで解けないようにしていると、倉庫の入り口が開いて人の出てくる気配がした。
ジロを引っ張って、急いで小屋の裏に回った。
物陰から覗くと、近所に住んでいる小夏姉さんが出てきた。
後から変な格好をしたおばさんが出てくる。
「今年はあまりいいのがいないね。去年のあの子はどうしたのさ」
小夏姉さんがおばさんに話しかけていた。
「いや、確かにね。言われるとおりなんですけどね。それでもオンは見た目より体力ですよ。今年のオンはどれでも、続けて10回はいけますよ」
揉み手をしながらおばさんは答えた。
「体力勝負だからね、オンは。でも去年のあのオンは気に入ってたんだけどな。見た目も体力も」
姉さんはまだあきらめきれない様子だ。
「あのオンは何処でも人気ナンバーワンでしてね。やり過ぎたんでしょうな。去年ここが終わって三つ目だったかな、北の方の村で息を引き取りました」
「まだ若かったのにね」
「ええ、まだ十五歳になったばかりだったですかね。私も大変残念でした」
「じゃあ、とりあえず味見してみるから、自慢のオンを3匹くらい連れてきてみて」
姉さんはそう言って私の隠れている横の小屋に入っていった。
ドアを閉めて姉さんが中に入ると、きびすを返したおばさんの小さくつぶやく声が聞こえた。
3匹も一遍に食っちまうのかよ、好き者の姉さんだこと、と。
その時ジロがおなかを減らしたのか、クーンとひとつ鳴いた。
「誰かいるのかい?」
おばさんの怖い顔が私を見た。見つかってしまった。
近寄ってきたおばさんは、いぼだらけの赤ら顔で眉毛が濃くすごく恐ろしい顔をしていた。
「こら、ここは股割れもしてない子供の来るところじゃないよ。すぐに出て行け」
意味のわからない言葉とその形相に怯えた私は大きな泣き声を上げる。
小屋から顔を出した小夏姉さんが、あら、ミチルちゃんじゃない。どうしたの、と声をかけてくれたところで、幼い頃の記憶は途切れている。
「ミチル、今年の男飼デビュー何人いるか知ってる?」
給食の牛乳を飲んでいると、隣の席の亜由美が聞いてきた。
知らないから聞いてるんじゃなくて、私が知っているか試している言い方だった。
「知ってるよそのくらい、14人でしょ、近所では明子姉さんに奈々子姉さん、それくらいかな」
半分残った牛乳ビンを机に置く。
「一人忘れてるわよ。この地区のゆかり姉さんが実は今年18歳だそうだよ」
「え、ゆかり姉さんもうそんな年なの?一緒に良く遊んでたからひとつしか離れてないと思ってたのに」
丸顔に二重まぶたの澄んだ目をしたゆかり姉さんは、私の幼馴染だった。
小学生の低学年の頃、よく一緒にお人形さん遊びや縄跳びをした仲だ。
「童顔って言うんだろうね。でもゆかり姉さん、デビューを嫌がってるらしいよ」
男飼デビューを嫌がるのはそれほど珍しいことじゃない。
未知の場所につれていかれて、想像を絶する行為を強いられるそうだから、その前に予備知識をしこまれるからといって、簡単に納得できるものではないはずだ。
普通は誰もが通る道だからとか、慣れればすごく良くなって毎年男飼が来るのを首を長くして待つようになるんだとか、そんな事を言われてなんとなく納得してしまうのだ。
でも、人の成長はいろいろだから、ゆかり姉さんみたいに子供っぽい人は恐怖感が先に立ってもおかしくない。
しかし、だからといって男飼デビューを免れるほど、この村の掟は甘くは無い。
抵抗する姉さんは変なお酒を飲まされて歯向かう気力をなくさせられる。そして、なぜか素っ裸に剥かれて、薄い浴衣を一枚着せられただけの恥ずかしい格好で、参道を歩かされるのだ。
辱めは手間をかけさせた罰だと思うけど、それにしても両手まで縛るのは行き過ぎじゃないかな。
風で前がはだけても隠す事もできないから、村中の人の前で胸やお股をさらし者にされるのだ。
そんな事を考えていたら、頬が熱くなってきた。
「ミチル、今エッチな事想像したでしょ」
亜由美は敏感なやつだ。私は照れ隠しがばれないように、牛乳ビンを持ち上げると残りを一気に飲み干した。
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