第3話 男飼 2


 学校から帰ると、カバンを置いてゆかり姉さんに会いに行くことにした。

 亜由美から聞いた事が気になっていたのだ。


 間違ってもゆかり姉さんに参道で辱めを受けるようなことになって欲しくなかった。

 無理かもしれないけど、できることなら男飼デビューを無事に果たして欲しかった。


 私に説得できる自信はなかったけど……。

 夕暮れが迫る中、小川沿いの道を歩いてると、死にそびれた蚊やあぶがまとわり付いてくる。

 力を使うのもわずらわしかったので、そのまま勝手にさせておいた。



 ぐちゃっという音が川の中からしたので見てみると、大蛇が30センチくらいの鯉を飲み込むところだった。蛇も鯉も必死なんだろう、水飛沫が派手に飛び散ってる。


 水しぶきは、夕陽の中で金の粒粒のようだった。

 蛇って、獲物を飲み込む時は必ず頭から飲み込むものだ。


 逃げられないように、獲物があきらめるように。

 真っ暗な死の中に飲み込まれていく時、獲物は何を思ってるんだろう。

 ゆかり姉さんの家に着くまで、蛇の口の中に消えていく鯉の灰色の尾がなかなか頭から離れなかった。



「ミチルちゃん、男飼って本当は何の事か知ってる?」

 私を家の中に入れると、ゆかり姉さんはお茶をいれながら私に聞いた。


 ゆかり姉さんは一人暮らしなのだった。この位の年の人が一人暮らしするのは、ごく普通の事。もちろん姉妹がいる人は姉妹で住んでるけど、一人っ子の場合、当然一人暮らしになってしまう。


 私も姉妹が居ないから数年後はそうなるかも知れない。

 男飼のことはデビューするまで知ってはいけない事といわれているけど、12歳になる頃にはなんとなく皆知ってしまうものだ。


「だいたいだけど知ってるよ。大昔はオンも人間だったってこと。オンも私達に混じって生活していたけど、何かの拍子に退化し始めて、今では動物になってしまったの。でもオンの血がなければ赤ちゃんが生まれないから、年に一回だけオンと交わるために男飼がやってくるって」


「交わるって、どういう事するか知ってる? ミチルちゃんが知ってるのは言葉だけでしょ」

 そりゃそうだ。図解入りの解説書を見たりしたわけじゃない。私が黙ってると、ゆかり姉さんは湯飲みを置いて身を乗り出してきた。


 私も思わず飲んでいたお茶をテーブルに置く。

 気持ち良いシャンプーの匂いがするゆかり姉さんの髪がふんわりと私の頬に触れた。


 ふっくらとした唇が私の耳の下にキスをした。

 全身に電気が走ったみたい。



「オナニーは毎日やってるの?」

 ゆかり姉さんの声は水に濡れてるみたいに聞こえてきた。


「止めて、姉さん。今日は男飼デビューの事を話しにきたのに……」

 ゆかり姉さんの指が私の身体を触り始めると、私はとたんに意気地がなくなり、言葉も後の方は小さな呟きでしかなくなった。


 ゆかり姉さんの指はピアノか何かを弾いているみたいだ。

 指が微かに動くたびに蚊の羽音のような声が上がる。声は私の感じた証。

 何度もゆかり姉さんとはちょっとエッチな遊びをしてきたけど、パンツまで脱がされるのは初めてだった。


 鹿か狸の皮をはぐみたいに、ずるりと私の薄茶色のワンピースが剥がされると、まだブラをつけない私の身体は裸同然になった。


 パンツも下げられて左足首にちょこんと巻き付いてるだけ。

 後は靴下だけの格好だ。


「だめだよ、恥ずかしい……」

 そんな私の言葉も、自分自身の興奮を高める仕事しかしない。


「きれいだわ。すべるような肌にはシミひとつない。私も見て」

 私を裸に剥いて一仕事追えた姉さんの指が離れると、姉さんは立ちあがり薄い着物をはらりと脱ぎ捨てた。


 均整のとれた、すらりとした骨格に適度な脂肪がついていて、胸の乳房も豊かな量感を持って存在をアピールしていた。


 顔は童顔だけど、身体は年相応に大人らしくなっている。

 なによりその乳房の豊かさに圧倒されてしまった。私の扁平胸とは大違いだ。


「ゆかり姉さん素敵」

 うわごとみたいな私のつぶやき。


「でもきれいなのは今のうちだけよ。男飼デビューしたらどんどん筋肉がついてきて、きれいじゃなくなるのよ。あなたの母親もそうでしょ」

 変な事言うな。年を取れば誰でも容色は衰えるもののはずだ。


「男飼の実態をあなたはまだ知らないのよ。あなただけじゃない。皆が知らされていないの」


「でも、男飼は子供を産むためにも必要な事なんでしょ。誰もが拒んだら子供が生まれなくなって村は滅んじゃうわ」

 私の言葉にひとつため息を吐いて、ゆかり姉さんは言いはじめた。



 私がまだ5歳くらいのことだから、あなたは知らないでしょうけど、そう話すゆかり姉さんの声には悲しい響きがあった。

 ゆかり姉さんが5歳の頃なら、私はよちよち歩きを始めたくらいの頃だ。


「私が男飼の意味も知らない小さな頃、村で一騒動あったのよ。秋祭りの最終日だったけど、オンが一匹逃げ出してしまったの。

 どうしてだかは知らないけどね。それで結界を張るために子供が駆り出されてね、私も母に手を引かれて連れ出されたわ。暗い中怖かったけど、母の手を握っていれば怖さも和らいでね。


 私は、他の子供達と一緒に西の滝のあたりに行かされたの。バチャバチャ水の落ちる音がうるさかった。

 そこで、他の子達と力を合わせて結界を張ったの。どうするかはわかるでしょう。

 ミチルちゃんは今の村の中では力が強い方だからね。

 私にとってはその時が、力を完全に解放する初めての時だったから、やり方が良くわからずにあちこちの小石を無駄に飛び回らせたりしてた。


 それでも何とかコツをつかんで、村を外界から切り離す事ができた。結界を張った時って村の中からはどんなに見えるかわかる?


 私は一度好奇心から力の連絡を切って中から覗いた事があるの。

 小道がね、村を出て行く小道がぐるっと上の方に無限に伸びていくように見えた。空間が捻じ曲がってひっくり返ってるみたいだった。

 目で見えるだけじゃなくて、実際に捻じ曲がってるんだと思うよ、あれは」


 空を見つめるゆかり姉さんの目が一旦閉じられて、私に焦点を合わせた。


「大きな木の下で、私は母と、数人の仲間達と居たんだけど、選りによって逃げ出したオンは私達の方向に逃げてきたみたいで、獣くさい匂いがどんどん近づいてきたの。

 私はそれまでオンを見た事がなかったから、どんな怪物が来るのか恐ろしくてたまらなかった。

 膝が震えて母の手を握ってる手の平に汗がじんわり流れ出した。

 母は、大丈夫だから力を緩めるなって言っていたわ。

 

 そして、がさがさ木の葉のゆれる音がしたと思ったら、月の光を浴びて青白い肌をした人影が不意に出てきた。

 髪は伸び放題で顔は良く見えなかったけど、私達とそれほど変らない外見だったわ。

 全裸で歩いてくるその人影は最初オンだとは思えなかったもの。人との違いなんて、胸の膨らみがほとんどないのと、それともうひとつだけだった……」


「もうひとつって?」

 思わせぶりに口を閉ざすゆかり姉さんの肩を私は思わず揺すりそうになった。


「アソコがね、すごく大きかったのよ。ダランっていう感じで、それに変な肉が付着してた」


「それで、捕まえたの?」


「生け捕りにする気は最初からなかったみたい。私達と一緒に居た姉さん達が弓矢で射殺してしまった。

 最初に一本の矢が正面からそのオンの胸に刺さった。身を翻して逃げようとするオンの背中を、さらに3本の矢が貫いて、オンは大きくないて倒れた」


「ひどい」


「私もかわいそうになってその時は涙が出たわ。犬や鹿みたいな動物を想像していたのに、まるで人間みたいなオンが目の前で泣きながら死んでいくんですもの。言葉すらしゃべっていたみたいだった。意味はわからなかったけど」


「言葉? オンもしゃべれるの?オンは知能の退化した動物じゃないの?」

 矢継ぎ早に発する私の質問がわずらわしかったのか、ゆかり姉さんは首を振って、ひとつだけ答えた。


「ヘープ、とか、ゴッとか言ってたと思う。でもそれはオンの泣き声よ。言葉とかじゃないわよきっと。

いくら私でもオンがしゃべれるとは思えないもの。でもね、こんな風にするのって動物とはいえ可哀想でしょ。

男飼を強要されることに加えて動物虐待、この村の掟はやはり変えないといけないと思うのよ、そう思わない?」


 さっきまでこの部屋を、いや私の心を支配していたエッチな感覚はすでに霧散霧消してしまっていた。


「私のひいおばあさんは、100歳まで生きたわ。普通の人は40代でに死んでいくのにね。

 どうしてかわかる?男飼デビューをしなかったからよ。男飼デビューをしなかったおばあさんは、それでも子供を産んだわ。

 私の母親をね。男飼の本当の意味は別にあるのよ。私はそれが知りたい。このきれいな身体のまま長生きがしたいのよ」

 再び立ちあがったゆかり姉さんは、強い意思と目的を持った戦士みたいに私には思えた。

 崇高な目的を持った聖戦士だ。


「でも、危険じゃないかな。なんだか嫌な予感がする」

 これは力からくる予知かもしれない。胸がむかむかするほど、心臓が高鳴った。


「大人達には超能力がないからね。それほど難しい事じゃないと思うのよ。

 それにこの村の掟をすべて塗りかえるっていうんじゃなくて、男飼が嫌な人は拒否する自由を求めるだけだから、大丈夫よ。きっと。

 何かわかったら連絡するから、ミチルちゃんは子供達の窓口になってね」

 私は了解したけど、帰り道を歩きながら少し後悔した。


 訳のわからないことに首を突っ込むんじゃないよっていう母親の小言が胸の中で響いていた。

 男飼デビューを勧めるために行ったのに、完全に手玉に取られた気がする。


 エッチな雰囲気を作ったのもきっと私をうまく操縦するためだったんだ。

 ゆかり姉さんにはかなわない。



 あの人ならひょっとしたら村の掟を変える事もできるかもしれない。

 すっかり暗くなった川沿いの道は動物達の声であふれていた。

 昼の間たっぷり眠っていた夜行性の狸やらねずみやらこうもり達が食べ物を求めてうろついていた。

 運良く食べ物を見つける事ができた狸の親子の幸せな気持ち、なかなか見つからなくて空腹感に苛立ちがつのる野ねずみ達。


 私の方を睨んで、襲おうかどうしようか迷ってる大蛇には、おいたをしたら承知しないよとばかりに軽い電撃を与えてやった。


 頭の中で火花が散った大蛇はすぐに向きを変えて川の奥に沈んでいった。

 力は本当に便利だ。力がなかったらこんな時間に外を歩く事さえできないだろう。


 この力がなくなってしまうことを考えたら、確かに男飼デビューは私もいやだと思う。

 この力の代わりに強い筋肉と丈夫な子供を産む能力が得られるのだとしても。



 ゆかり姉さんの計画がうまくいく事を祈ろう。

 祈っていたら、私の家の黄色い明かりが見えてきた。



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