第14話:完璧なシステムの先へ
「――エルザ様、最終確認をお願いします。王都の全魔導グリッドの自動制御化、および債権管理システムの『自律魔導回路(AI)』への移行が完了しました」
カイルの声が、静まり返った最上階の研究室に響く。 かつては書類の山に追われていた彼も、今や大陸全土の経済を動かす「最高執行責任者」の顔だ。だが、その手には相変わらず、エルザがどこかに置き忘れた特注の眼鏡拭きが握られていた。
エルザは、巨大な魔導モニターに流れる膨大な光の数式を、瞬きもせずに見つめていた。
「……誤差、零点零零零一パーセント。許容範囲内です。……これで、私の直接的な介入(マネジメント)は不要になりましたね。レオンの組んだ財務防壁も、自律回路が二十四時間体制で監視し続けるわ」
エルザは、椅子をくるりと回転させ、カイルに向き直った。 その瞳は、王宮を支配し、国を買い叩いた時よりも、ずっと澄んでいて、熱い。
「カイル。……あとは任せました。私は、私の『聖域』へ戻ります」
彼女が指差したのは、執務室の奥にある、分厚い鉛の扉。そこは、世界で最も純度の高い「未知」が詰まった、彼女専用の深部研究室だ。
「……結局、そうなりますか。世界を手中に収めても、あなたの本質は、あの荒野で石を拾っていた頃と一ミリも変わらない」
カイルは溜息をつきながらも、その口元には深い信頼の笑みを浮かべた。 「経営は僕とレオン、そしてあなたの作った『システム』が完璧に回します。あなたはただ、好きなだけ、世界の理を暴いてきてください。……ガラム! 中のメンテナンスは終わっているんだろうな?」
扉の陰から、ガラムがぬっと現れた。 彼はエルザの感覚過敏に配慮し、床には音を吸収する最高級の羊毛カーペットを敷き詰め、照明はセロトニンを安定させる琥珀色の光に調整し終えていた。
「ああ。室温は二十二度固定、湿度は四十五パーセント。……それと、ボス。中の冷蔵庫には、記憶力を助けるサフラン入りのゼリーと、血管をいたわる青魚のマリネを詰め込んでおいた。……三日間は出てこなくても死なない設計だ」
「……完璧な環境(システム)ですね。感謝します、ガラム様」
エルザは立ち上がり、重厚な扉の前に立った。 かつて、彼女は「不注意で、空気が読めず、組織を乱す欠陥品」として、冷たい雨の中に放り出された。 社会という名の「正解」に自分を合わせようとして、心と脳をすり減らしていた日々。
だが、今は違う。
「……私は、私自身のままで、この世界を書き換えた。……私の『バグ』に世界が追いつかなかっただけ。なら、世界の方を私に合うようにアップデートすればよかったのよ」
彼女は、自らの手で扉を開いた。 そこには、まだ誰の目にも触れていない、宇宙(そら)の彼方から飛来したという「虹色に脈動する隕石」が鎮座していた。
その石が放つ、微かな、しかし暴力的なまでに純粋な魔力の波動。 エルザの脳内の「鑑定(ASD)」が、狂喜に震えながら計算を開始する。 彼女の「衝動(ADHD)」が、今すぐその核心に触れろと叫び声を上げる。
「――エルザ様。お忙しいところ恐縮ですが、一つだけ」
カイルが、扉が閉まる直前に声をかけた。
「何ですか、カイル。三秒以内でお願いします」
「『自律回路』が弾き出した、次の投資先が決まりました、社長」
カイルが差し出した一枚の透過魔導板には、大陸の地図ではない、星々の座標が記されていた。
「月の裏側にある、未知の重力異常点。……そこを掘削する権利、先ほど私の方で『衝動的に』買い占めておきました。……あなたの次の『おもちゃ』は、そこにあるはずです」
エルザは、一瞬だけ目を見開いた。 そして、ゾッとするほど美しく、不敵な微笑みを浮かべた。
「……カイル。あなた、私の特性を学習(コピー)しすぎよ。……最高のご褒美だわ」
バタン、と。 重厚な扉が閉まり、静寂が訪れる。
彼女は、世界で最も自由な「自分」になった。 手には新しい未知の鉱石を、脳には無限の計算式を、そして背後には自分を支える完璧な仕組み(システム)を従えて。
令嬢は、虹色の石を愛おしそうに撫で、呟いた。
「――さあ、次は宇宙(そら)の理を、私好みにデバッグしましょうか」
完璧なシステムの先にある、果てなき知的好奇心の荒野へ。 彼女の本当の物語は、ここから加速していく。
【最終話:完璧なシステムの先へ・完】
『無能令嬢、鑑定スキル(ASD)と即決行動(ADHD)で商会無双 ~婚約破棄されたので、戦略的に世界の富を独占します~』 春秋花壇 @mai5000jp
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