第13話:構造的「ざまぁ」の完成
王都を見下ろすエルザ商会の高層オフィスは、静寂に包まれていた。 窓の外には、かつてエルザが「不注意な欠陥品」として放り出された街が広がっている。しかし、今のその光景は以前とは一変していた。街路灯のすべてにはエルザが設計した「バグ・クリスタル」が組み込まれ、彼女が許可を下した時間にしか光を灯さない。
「――エルザ。例の連中が、階下のロビーで一時間前から額を床に擦り付けているぞ。見に行くか?」
ガラムが、サフランの香りが漂う温かいハーブティーを持って現れた。彼の声は低く、朝の光のように穏やかだ。
「……一時間。彼らにしては、長く我慢した方ですね」
エルザは防眩眼鏡を指先で直し、無機質なトーンで答えた。 階下には、かつて彼女を「家の恥」と呼んだ父・モット侯爵と、彼女を「壊れた人形」と笑った元婚約者・エドワード王子がいた。
彼らの実家と王国は、今やエルザに対して天文学的な額の借金を負っている。エルザが流通網から彼らを「排除(デバッグ)」した結果、侯爵領の倉庫には売れない産物が山積みとなって腐り、王宮の宝物庫は彼女への国債支払いのために空っぽになった。
「……入れなさい。十五分だけ、リソースを割きます」
扉が開くと、かつての威厳を失い、煤けた服を着た二人が這いずるようにして入ってきた。 彼らからは、エルザが最も嫌う「焦り」と「窮乏」の、酸っぱい汗の匂いが漂ってくる。
「エルザ! お願いだ、我が領の通行許可を……せめて、魔石の供給を再開してくれ! 領民たちが暗闇の中で凍えているんだ!」
父の叫び。かつてエルザが「不注意」で書類を汚した時、容赦なく彼女の頬を打ったあの手は、今や震えながら床を掻いている。
「エルザ、私が悪かった! 貴様……いや、エルザ様の実力を、私が見誤っていただけなのだ! 復縁でも、側妃でも、望むままにしよう! だから、この借金を……王宮の灯りを消さないでくれ!」
エドワード王子の声は、裏返って聞き苦しい不協和音となっていた。
エルザは、彼らの言葉を感情のフィルターに通さず、ただの「非効率なノイズ」として処理した。
「……お言葉ですが、エドワード様。あなたが私に提供できる『王太子妃』という地位の資産価値は、現在、わが社の不良債権以下の評価額です。……それから、お父様」
エルザは椅子から立ち上がり、窓の外を指差した。
「あなたが供給を求めている魔石燃料。それを燃やすための魔導炉は、私が三年前に『効率が悪い』と指摘した設計のままですね。……私の石を、そんなガラクタにくべるのは、物理法則に対する冒涜です。……却下します」
「そんな……! 私たちは、飢え死にしろと言うのか!」
「いいえ。市場のルールに従いなさい、と言っているのです。……価値を生み出さない組織(システム)は、自然に解体され、再利用される。それが世界の摂理です」
エルザは彼らに視線を向けることすら止め、机の上の新しい魔導回路図へ意識を向けた。 彼女にとって、目の前の二人はもはや「復讐の対象」ですらない。ただ、世界を最適化(アップデート)する過程で出た「産業廃棄物」に過ぎなかった。
「……終わりましたか? ガラム様、彼らを外へ。……空気が汚れて、私の計算精度が〇・二%低下しています」
「了解だ。……おい、聞こえたか? ボスのお出ましは終わりだ。……あとは、外の暗闇で自分たちのしでかした『非効率』を反省してな」
ガラムが二人の襟首を掴み、雑草を抜くように部屋から放り出した。 扉が閉まり、再び静寂が戻る。
カイルが苦笑しながら、山のような「資産差し押さえ完了」の書類を棚に収めた。 「……これで、王国の主要インフラはすべてエルザ様のものですね。……ざまぁ、なんて言葉じゃ足りないくらい、徹底的な解体劇でしたよ」
「カイル、言葉選びが不正確です。……私はただ、世界から『無駄』を省いただけ。……さあ、次の段階(フェーズ)へ行きましょう」
エルザの瞳が、かつてないほど鮮やかに輝いた。
「この大陸の重力制御に、わずかな歪みを見つけました。……ここを調整すれば、私たちは馬車も空飛ぶ船も使わず、瞬時に場所を移動できる。……宇宙(そら)の彼方にある、もっと純度の高い鉱石に手が届くわ」
「宇宙……!? エルザ様、またそんな、予算がいくらあっても足りないような衝動を!」
「レオンに、王宮の没収資産をすべて研究費に回すよう伝えて。……ガラム様、準備は?」
ガラムはさわやかに笑い、特注のサフランティーをエルザの前に置いた。 「ああ。あんたがどこへ行こうと、俺はその足場を作ってやるよ。……まずは、この飯を食って、最高の睡眠をとってからだ」
エルザは黄金色のティーを一口啜り、窓の外の星空を見上げた。 かつて自分を閉じ込めていた小さな箱庭は、もう足元にしかない。 特性という名の翼、仲間という名の仕組み。 それらを手に入れた彼女の視界には、もはや「不可能」という名のバグは、どこにも存在しなかった。
「――さあ、世界(システム)を、もっと面白く書き換えましょう」
令嬢の微笑みは、どの宝石よりも鋭く、そして自由な光を放っていた。
【第13話・完】
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