第12話 :覚醒のプロトコルと黄金の朝

「――いいから、さっさとそのカーテンを開けるぞ。ほら、眩しいのは一瞬だ」


三・八ニュートンのノックの後、返事も待たずにガラムが踏み込んできた。彼はエルザが抗議する暇もなく、分厚い遮光カーテンを勢いよく引き絞った。


窓から差し込む朝の陽光が、エルザの網膜を白く焼き、脳の奥を直接叩く。


「……っ、有害な光刺激です。ガラム様、私の視覚過敏を忘れたのですか? 網膜が飽和して、処理リソースが……」


エルザは羊毛の布団の中に潜り込み、ミノムシのように丸まって抗議した。だが、ガラムはその上から彼女を布団ごと軽々と抱き起こす。


「忘れるわけねえだろ。だがな、朝の光を浴びることで体内のメラトニンが抑制され、セロトニンが分泌される。これがあんたのバラバラになった体内時計を二十四時間周期にリセットするんだ。……お日様を浴びるんだ、エルザ。こいつが夜の深い眠りを作るための、最初のスイッチなんだからよ」


ガラムは、眩しさに顔をしかめるエルザに、特注の薄い色付きグラス――光の波長を調整する防眩眼鏡を差し出した。


「今度は、睡眠コントロール(マネジメント)ですか?」


眼鏡をかけ、ようやく世界を正しく視認できるようになったエルザが、不機嫌そうに、しかしどこか諦めたように尋ねた。


「マネジメントなんて小難しい言葉じゃねえ。……あんた、昨夜も三時まで魔導計算をしてただろう。ADHDの奴は夜になると脳が興奮しやすくて、放っておくと昼夜が逆転する。血管をサラサラにしても、脳を休ませなきゃ意味がねえんだ」


ガラムはさわやかな笑みを浮かべ、盆の上に載せた一杯の飲み物を差し出した。


「まずは白湯を飲め。内臓を温めて、交感神経を優位に切り替える。サフランで血流は整えた。次は、太陽の光と朝のルーチンで、あんたの『覚醒と睡眠』のシステムを最適化してやる」


エルザは白湯の熱を喉で感じながら、自分の体内時計が、太陽の光という物理的な外部入力によって、確かにリセットされていくのを論理的に理解した。


「……確かに。視交叉上核が光を感知し、松果体への信号が変化したのを感じます。……不快な刺激だと思っていましたが、ガラム様の言う通り、これは『起動(ブート)プロセス』として合理的です」


「だろう? 朝から石を磨くのは構わねえが、まずは俺と庭を一回り歩くぞ。適度な運動が、夜の入眠効率をさらに二割引き上げる」


「……二割。無視できない数値ですね」


エルザは、自分を「ただの天才」ではなく、メンテナンスの必要な「命」として扱うガラムの腕の中で、小さく溜息をついた。


「ガラム様。あなたは私を、世界一高価で、世界一わがままな『精密機械』にしたいのですか?」


「いいや」


ガラムはエルザを床に下ろし、その頭を優しく、だが力強く撫でた。


「世界一幸せで、世界一長生きする、俺の『相棒』にしたいだけだ」


エルザの心拍数が、朝の光のせいではなく、再び未知のバグによってわずかに上昇した。彼女はそれを「光による覚醒反応」と定義し、不器用な騎士に手を引かれて、輝く朝の庭へと足を踏み出した。


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