第6話:こだわりという名の「絶対品質」
「――いいか。俺は『本物』しか信じねえ。たとえそれが、こんな小娘の作った玩具だとしてもだ」
鉄錆と汗の匂いを振りまきながら、その男――北方騎士団の隊長、ガラムは執務室のドアを蹴破らんばかりに踏み込んできた。背中に背負った大剣が、がちゃりと不遜な音を立てる。
エルザは顔を上げなかった。彼女の指先は、顕微鏡代わりの魔導レンズの下で、髪の毛よりも細い銀糸を魔石の核へと編み込んでいた。
「ノックは三回。強度は四ニュートン以下でお願いします。繊細な作業中ですので、空気の振動が五%増えるだけで、この魔石は暴発します」
「……あ?」
ガラムは毒気を抜かれたように立ち止まった。目の前の少女は、黒いオイルで汚れた頬を拭いもせず、レンズ越しに青い火花を見つめている。その極度の集中――ハイパーフォーカス。周囲の温度が数度上がったことすら、彼女は数値としてしか認識していない。
「へっ、愛想のねえ嬢ちゃんだ。だが、巷じゃ『エルザ製』以外は全部ゴミだって噂だぜ。隣の商会が半値で売り出した『魔導点火装置』のせいで、うちの若いのが二人、腕を焼き切りやがった」
ガラムが投げ出したのは、焼け焦げた粗悪な模倣品だった。 エルザはピンセットを置き、それを一瞥した。
「……一・二ミリ。絶縁体の厚みが、私の設計より零点五ミリ薄い。それに、結晶のカット面が左右対称じゃないわ。これでは魔力の還流にムラができて、熱暴走(メルトダウン)するのは物理的な必然です」
「専門用語はいい。あんたのなら、俺のこの大剣に組み込んでも爆ぜねえんだな?」
「私の製品に『爆発』という不確定要素は存在しません。設計通りに動くか、動かないか。それだけです」
エルザは立ち上がり、棚から一つの小さな、しかし銀色に鈍く光る円筒を取り出した。 ガラムの手のひらにそれを載せる。大きな、タコだらけの無骨な手。エルザの指先がかすかに彼の掌に触れた。
「……冷てえな」
ガラムが呟く。 「体温は三六・二度。指先の温度は外気の影響で二〇度まで下がっています。作業効率を優先しているだけです」
エルザは事務的に答えたが、ガラムはまじまじと彼女の顔を覗き込んだ。 「いや、指じゃねえ。あんたの目だ。……石ころを見てる時の方が、生きてる人間を見てる時より熱いじゃねえか」
「人間は変数(ノイズ)が多すぎますから。石は裏切りません」
エルザは淡々と、しかしどこか誇らしげに、自作の円筒をガラムの大剣の柄へと填め込んだ。 その瞬間。 大剣の刀身に、深呼吸をするような、静かで美しい紫の光が走った。
「――っ。なんだ、この吸い付くような感覚は」
ガラムが大剣を軽く振る。重いはずの鉄塊が、まるで自分の腕の延長になったかのように軽やかに風を切った。魔法の安定性が、従来の製品とは比較にならない。雑味のない、極限まで磨き上げられた純粋な魔力の流れ。
「ミリ単位の組成にこだわった結果です。私は、この一〇〇ミリグラムの結晶のために、三日間で四千回の選別を行いました」
「四千回だと? 正気かよ」
「正気ではありません。執着です。私は『これ』以外に興味がないので」
エルザは再び椅子に座り、作業に戻ろうとした。だが、ガラムはその大きな手で、彼女の肩をそっと叩いた。叩く、というよりは、壊れ物を確かめるような、不器用な触れ方だった。
「……あんたのその『異常さ』が、俺たちの命を救ってる。感謝するぜ、エルザ」
エルザの手が、一瞬だけ止まった。 肩に残る、熱い、男の体温。 彼女にとって、物理的な接触は情報の過剰摂取(オーバーロード)に近い不快感をもたらすはずだった。だが、ガラムの放つ「戦士の熱」は、不思議と計算式を乱さなかった。
「感謝……。その言葉の報酬価値は算定できません。ですが……」
エルザはレンズから目を離さず、小さな声で付け加えた。
「その大剣のバランス、あなたの筋力に対して零点八%ほど左に寄っています。次に来る時までに、調整用の重りを用意しておきます」
「……ははっ! やっぱり愛想ねえな。だが、気に入ったぜ」
ガラムは豪快に笑い、部屋を出て行った。 静寂が戻った執務室で、エルザは自分の左肩に残る微かな「熱」を数値化しようとして、失敗した。
(心拍数が、平常時より毎分三拍多い。……原因不明のバグね)
彼女はペンを手に取り、手帳の隅に小さくメモした。 『騎士ガラム:大剣の重心調整が必要。および、物理接触による未知の熱反応。要経過観察』
その頃、街では「エルザ商会の刻印がない魔導具は使うな」という暗黙の了解が、王国の騎士団から冒険者ギルドに至るまで、絶対の鉄則として広まっていた。 エルザの「こだわり」は、もはや単なる品質ではなく、世界を支える唯一の「安全」という名のインフラへと変貌していたのである。
一方、粗悪品を掴まされた軍部や貴族たちは、暴発事故の多発に悲鳴を上げ、エルザの商会へ頭を下げに行くための行列を作り始めていた。
「構造(システム)は完成したわ」
エルザは一人の夜、静かに呟いた。 彼女の視界の先には、崩れゆく旧世界の瓦礫と、自分の設計した「完璧な秩序」が夜明けを待つ姿が見えていた。
【第6話・完】
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