第2話 悪は、使うほど自分を削る

 最初の異変は、眠りだった。


 夢を、見なくなった。


 次に、味覚。


 食事が、ただの栄養に変わる。


 


「……あんた、大丈夫か?」


 元兵士の男が、心配そうに声をかける。


「問題ない」


 エルシアは、即答した。


 ――嘘だ。


 


 悪属性は、

 世界を否定する力。


 だが同時に、

 **自分自身も“世界の一部”**だ。


 


 否定を重ねるたび、

 エルシアは少しずつ、

 人間としての実感を失っていく。


 


 ある日、少年が運び込まれた。


 教会追討部隊の襲撃を受けたらしい。


 腹部に、致命傷。


 


「……助かる?」


 周囲の視線が集まる。


 


 エルシアは、見ただけで分かった。


 ――治せる。


 だが。


 


 指先が、震えた。


 


「……今回は」


 言葉が、重い。


「私が使えば、

 次に誰かを救えなくなる」


 


 沈黙。


 


 少年が、かすれた声で言った。


「……それでも……

 生きたい……」


 


 エルシアは、目を閉じた。


 


 ――これが、代償。


 救えば、失う。

 失えば、救えなくなる。


 


 彼女は、決断した。


 


「……来なさい」


 


 悪属性が、これまで以上に濃く展開される。


 治療は成功した。


 


 だが、その夜。


 


 エルシアは、立ち上がれなかった。


 


 鏡に映る自分の瞳が、

 人間の色をしていなかった。


 


「……そっか」


 彼女は、静かに理解する。


 


「悪属性は、

 “使い続ける者”を、

 いずれ“悪そのもの”にする」


 


 それでも。


 


 治療所の外から、

 次の患者の声が聞こえる。


 


 エルシアは、立ち上がった。


 


「……まだ、終わらない」


 


 祈りのない治療は、

 今日も続く。


 ――彼女が、人でいられる限り。

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