第4話 救われない者の国へ
夜明け前の鐘が鳴るより早く、事件は起きた。
光輪教会・中央審問庁の地下。
封印室の壁が、音もなく崩れ落ちた。
爆発ではない。
破壊ですらない。
――否定。
「……行け」
低い声がした。
エルシアが目を上げると、そこにいたのは意外な人物だった。
若い神官。名も知らない、末席の男。
「鍵を外したの、あなた?」
神官は視線を逸らし、震える手を握りしめる。
「妹が……昔、病で……
祈っても、許されなかった」
それだけで、理由は十分だった。
「今からあなたは“逃亡した異端者”になる」
神官は続ける。
「教会は“追放”を宣言する。
捕まえれば、今度こそ処刑だ」
「ありがとう」
エルシアはそれ以上、何も言わなかった。
言葉は、治療にはならないことを知っている。
地下通路を抜け、外へ。
王都ルクシアの街並みが、闇の中に沈んでいる。
だが、静かすぎた。
「……来る」
その直感は、正しかった。
屋根の上から、光が降り注ぐ。
「異端治癒師エルシア・ノクス」
白翼。
天使だった。
「汝は神意を否定し、
定められた死を覆した」
感情のない声。
「よって――
追放では足りない。
ここで、裁く」
エルシアは、足を止めない。
「あなたたち、いつも“裁く”のね」
「裁きは慈悲だ」
光が槍となり、放たれる。
石畳が抉れ、建物が砕ける。
エルシアは振り返らず、悪属性を展開した。
――世界拒否領域。
天使の槍が、途中で消えた。
「……否定、だと?」
「そう」
エルシアは淡々と言う。
「あなたの攻撃は、
“正しい”から成立してる」
一歩、前へ。
「でも私は、
その前提を壊す」
悪属性が、天使の翼を侵食する。
白が、黒に染まる。
「やめろ……!」
初めて、天使の声に揺らぎが出た。
「安心して」
エルシアは、静かに告げる。
「殺さない。
治療者だから」
天使は、地に落ちた。
鐘が鳴り響く。
王都全域に、布告が流れる。
布告
悪属性保持者エルシア・ノクスは、
王国および光輪教会より
永久追放とする。
発見次第、討伐を許可する。
それは、事実上の死刑だった。
夜明け。
城門の外。
エルシアは、振り返らない。
ここから先は、
神も、王も、責任を取らない土地。
救われない者たちが集まる場所。
病、呪い、貧困、罪。
そして――
「……それでも、来るのね」
彼女の前には、すでに数人の影が立っていた。
「あなたが“異端”なら」
一人が言う。
「俺たちは、
異端に救われた者だ」
エルシアは、静かに息を吐いた。
「じゃあ、開業ね」
祈りのない治療所が、
ここに生まれた。
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