第3話 裁く者たちの正義

「裁く者たちの正義」


 エルシア・ノクスが拘束されたのは、その日のうちだった。


 鉄ではない。

 魔力を封じるための、白金の枷。


「悪属性保持者は、拘束等級第一


 神官の淡々とした声が、宣告のように響く。


 路地裏にいた民衆は、誰一人声を上げなかった。

 さきほどまで救われた命を抱いていた母親も、唇を噛みしめて俯いている。


 ――声を上げれば、次は自分たちだ。


 それを、この国の誰もが知っていた。


 


 連行された先は、光輪教会・中央審問庁。

 祈りの言葉で飾られた、白亜の建物。


 その最奥にあるのが、異端裁問室だった。


 


「エルシア・ノクス」


 高位枢機卿ヴァレリウスが、壇上から見下ろす。


「汝は本日、悪属性を用いて治療行為を行った。

 それは神意への否定であり、教義への冒涜である」


 エルシアは、静かに顔を上げた。


「質問してもいい?」


「許可しよう」


「あなたは、あの子を助けなかった。

 それは“神意”?」


 空気が張り詰める。


 枢機卿は、少しも迷わず答えた。


「然り。

 神は時に、死をもって魂を救われる」


 その瞬間、エルシアの目が冷えた。


「……便利ね」


「何?」


「救わなくていい理由が、最初から用意されてる」


 神官たちがざわめく。


 


「エルシア・ノクス。

 汝の力は危険だ。

 悪属性は、人が持ってはならぬ概念」


 枢機卿は言葉を続ける。


「だが――王権より、異議が出ている」


 


 その名が出た瞬間、場の空気が変わった。


「王権……?」


「国王陛下は、汝を“処刑保留”とされた」


 エルシアは、わずかに目を細めた。


 


「理由は単純だ」


 枢機卿の声に、わずかな苛立ちが混じる。


「汝は、使える」


 


 ――来た。


 これが、政治だ。


 


「戦場で死ぬはずだった兵を救える

 神に拒まれた者すら生かせる

 それは、国家にとって“奇跡以上”だ」


「つまり」


 エルシアは言った。


「私を、生かしておきたいだけ?」


「管理下でな」


 


 枢機卿は、宣告する。


「選べ、エルシア・ノクス」


 


・教会管理下の国家治療官として生きる

・悪属性を封じ、指定対象のみ治療する

・拒めば――異端として公開処刑


 


 沈黙。


 エルシアは、ゆっくりと息を吐いた。


 


「……質問、もう一つ」


「何だ」


「治療を拒否された人は、どうなるの?」


 


 枢機卿は、当たり前のように答えた。


「神の御許へ行く」


 


 その瞬間だった。


 エルシアの足元に、黒く歪んだ紋様が浮かび上がる。


 枷が、軋む。


「……なるほど」


 彼女は、静かに笑った。


 


「じゃあ私は」


 一歩、前へ。


「神にも、国にも、

 命の順番を決めさせない」


 


 悪属性が、部屋を満たす。


 神官たちが悲鳴を上げた。


 


「拘束を――!」


「無理です!

 概念干渉が……!」


 


 エルシアは、枢機卿を真っ直ぐに見た。


 


「あなたたちは裁く側のつもりでしょうけど」


 低く、確かな声で告げる。


「覚えておいて」


 


「――治療を独占する者は、

 いつか“救わなかった罪”で裁かれる」


 


 その日、

 光輪教会は初めて知ることになる。


 悪属性治癒師は、

 神にも、王にも、従わないという事実を。

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