第3章:勇者という兵器
それは、兵器と呼ぶにはあまりに小さく、人間と呼ぶにはあまりに無機質だった。
開戦から一週間。
戦線は膠着していた。
ガルドゥ将軍の奮戦と、地形を利用した遅滞戦術により、人類軍の進撃はベルン市手前で完全に停止していた。
物量で勝る人類軍が攻めあぐねている。通常なら、司令部が安堵してもいい状況だ。
だが、私の背筋を走る悪寒は、むしろ強まる一方だった。
「敵本隊、後方より高エネルギー反応!魔力係数、測定不能!」
「なんだこの数値は!?計測器の故障か!?」
オペレーターの悲鳴が、静寂を切り裂いた。
戦術地図の真っ赤な敵陣の中央に、目が痛くなるほどの純白の光点が出現する。
それはゆっくりと、しかし躊躇いなく、我々の防衛線のど真ん中へ向かって動き出した。
護衛もつけず、たった一つの光点が。
「来たか……」
魔王ゼルヴァスが、玉座の肘掛けを強く握りしめる。「ルクシオン。あれが、そうか」
「はい。人類が誇る切り札です。……『勇者』」
スクリーンが切り替わる。
映し出されたのは、戦場には不釣り合いなほど小柄な人影だった。
輝く白銀の鎧。身の丈ほどもある聖剣。
だが、兜の下から覗くその顔は――まだ十代半ばの、少年のそれだった。
『――目標、確認。魔族防衛線、排除します』
少年の声は、通信傍受を通じてもなお、透き通るように綺麗だった。
彼は聖剣を振り上げた。
ただそれだけの動作で、大気が震え、空間そのものが悲鳴を上げた。
「総員、対閃光防御ッ!!」
私が叫ぶと同時、画面がホワイトアウトした。
音すら置き去りにする光の奔流。
数秒後、視界が戻った時――そこには、何もなかった。
何重にも張り巡らされた魔法障壁も、強固な城壁も、そしてそこに配置されていた精鋭部隊も。
すべてが、光の帯となって消滅していた。
一直線に穿たれた、更地だけを残して。
「……第五から第八大隊、反応消失」
オペレーターの声が震えている。
「生存者、ゼロ。……一撃です」
司令部が凍りついた。
戦術も、戦略も、小細工も通用しない。
これは戦争ではない。
災害だ。
だが、私はその光景の中に、わずかな違和感を見つけていた。
「待て。……勇者の動きが、単調すぎる」
私は地図を凝視した。
勇者は圧倒的だ。
だが、彼はただひたすらに「最短距離」を進んでいる。
罠があろうが伏兵がいようが、すべて力でねじ伏せて直進してくる。
それはまるで、プログラムされた誘導弾のようだった。
「ガルドゥ将軍! 聞こえるか!」
『おう、生きてるぞ! だが部下たちが……ッ!』
「弔いは後だ。勇者を『第四区画』へ誘導しろ!奴は命令に忠実すぎる。目の前に敵がいれば、必ず追ってくるはずだ!」
第四区画。
そこは、旧時代の迷宮を利用した対魔術封印エリアだ。
物理的な破壊力は防げないが、魔力の循環を阻害すれば、勇者の「聖剣」の出力は落ちるはずだ。
私の読みは当たった。
ガルドゥ隊が決死の覚悟で放った矢に対し、勇者は即座に反応し、進路を変えた。
誘導されるまま、暗い迷宮の入り口へと足を踏み入れる。
その瞬間。
「今だ、封印術式展開!床を落とせ!」
ガコン、と重い音が響き、勇者の足元が消失した。
強力な「魔力阻害(アンチ・マナ)」の霧が充満する地下空洞へ、白銀の英雄が落下していく。
聖剣の光が弱まる。
待ち構えていたオークの決死隊が、勇者を取り押さえ、魔封じの鎖で拘束した。
「……勇者の捕獲に、成功」
報告と共に、司令部に安堵の息が漏れる。
だが、私の心は晴れなかった。
最強の兵器を無力化した。
それなのに、胸の奥がつかえるような不快感がある。
「捕虜を連行しろ。……魔王陛下の御前だ」
数時間後。
司令部の床に、一人の少年が引き据えられていた。
聖剣を取り上げられ、泥にまみれた鎧姿。
至近距離で見る彼は、スクリーン越しよりもさらに幼く見えた。
まだ声変わりすらしていないかもしれない。
だが、その瞳には恐怖も、憎悪もなかった。あるのは、底知れない「空虚」だけだ。
「……名を、何と言う」
玉座の魔王ゼルヴァスが、静かに問いかける。
少年は瞬きもせず、機械的に答えた。
「勇者個体識別番号、七号。聖王国の剣となりて、魔を討つ者」
名前ですらなかった。
司令部の将校たちが、ざわりとどよめく。
「なぜ、戦う?」
魔王は重ねて問うた。
「なぜ我々を殺すのか」と。
少年は、小首をかしげた。ま
るで、質問の意味が理解できないとでも言うように。
そして、純粋無垢な声で言った。
「魔王を倒せば、世界は救われるんだろ?」
その言葉は、どんな罵倒よりも鋭く、司令部の空気を切り裂いた。
誰も動けなかった。
彼には悪意がない。
「魔王=悪」「倒す=善」。教え込まれたその等式だけが、彼の世界の全てなのだ。
彼にとって、我々を殺すことは正義の執行であり、疑う余地のない善行なのだ。
私は、吐き気をこらえながら彼を見た。
これが、勇者。
人類が作り出した、“疑わない”存在。
「……世界は救われる、か」ルクシオン、と魔王が私を呼んだ。
その声は震えていた。
「我々は、この子供に……この純粋な狂気に、殺されかけていたのか」
「はい、陛下」
私は拳を握りしめ、答えた。
爪が食い込む痛みが、かろうじて理性を繋ぎ止めていた。
「彼らは、命令を疑いません。疑う、という反応が、最初から存在しないのです」
少年は、まだ不思議そうに我々を見ている。
なぜ殺さないのか。
なぜ魔王は泣きそうな顔をしているのか。
何も分からないまま、彼はただ、次の「命令」を待っていた。
私は、ようやく理解した。
我々が戦っている相手は、人間ではない。
「物語」という名の、巨大なシステムそのものだ。
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