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夏は半ばに入っていた。
ウィルは使い込んだポーターズ・スケルトンに配達品を取り付けて、いつものように飛脚として働いていた。
地形の都合上リバーストライクは使えず、今回は徒歩だ。
現在彼らがいるのは、でこぼこした不整地が多い砂岩地帯である。
南の高原地帯を抜け、一行は砂の国と言われる土地に入っている。
砂と石と岩しかないと思われがちだが、川なども湧いており、泥地も目立つ。そうした水場には緑が繁茂し、乾燥に強い果物を実らせる低木や、乾いた草地が茂っている。
砂地は気温が際限なく上がる。
太陽から降り注ぐ熱を和らげる物が少ないから、日中は余裕で五十度を超えるのだ。
乾燥しているから過ごしやすいなんてことは決してない。
「スーツがなきゃ丸焼きになってた」
ウィルたち飛脚が来ているスケルトンには、温度管理機能もある。寒冷地仕様の暖房付きのものや、温暖地仕様の冷却循環器付きのもの。
ウィルのスーツは冷却ジェルが満たされ、エーテルでそれが常にひんやりとした温度をキープ。こもった空気を、ファンが入れ替えている。
配送テロ未遂から一週間。一行は北上し、この土地に入っていた。
外界の情報は人づてに聞くしかない。その理由はエーテルの功罪の一つだが、この粒子は旧時代盛んだった電波通信を著しく阻害する。
そのため、彼らが例の村の長が不審死したと知ったのは、その村と、地下で有線接続している土地に赴いたときだった。
ゼロタイム相互大規模容量通信――いわゆるエーテル通信は有線接続が絶対。
ゆえに、この世界では情報という物資だけで、配送対象となりうる。
「なんで俺が、破壊工作なんぞ」
ウィルはうんざりした。
今回の依頼は、「爆薬」の配送。
配送先は「違法なプリント工場」。
配達の体裁ではあるが、つまり、向上を爆破しろということだ。
この近隣で暴れまわっている
あとの制圧は近隣の
しかしのっぴきならない事情があった。
ジーグが風邪を引いたのだ。
一歳である彼にとって風邪は大病であり、放置はできない。
現在ストックの薬と栄養剤でやりくりしているが、万が一ということもある。そのため、必要な物資を得るうえでこの仕事をするしかなかった。
ウィルは目的の工場へ向かうルートを、左手の中指に嵌めた指輪型端末を起動。
この部位の指輪は協調性やコミュニケーション、人間関係円滑を意味するらしく、業界ではコネクト・デバイス――CDとも呼ばれている。
「
ウィルは腰に差している、催涙ガス弾を装填した銃に触れた。
圧縮したジェルは、熱に強い。撃発後、再び衝撃が加わるか一定時間経つと、内部のエーテル・セルが化学反応を誘因する仕組みである。
「…………」
ウィルはため息をつく。
人を殺す殺さない以前に、銃が嫌いだ。
だがこれがなければ自分も仲間も死ぬ。
「具体的な数がわからないことにはな」
ウィルは小声でいい、今しばし、独り言を禁じることにした。
見えたのは廃工場である。
川沿いにある。何らかの資材置き場だ。
(近隣のコミューンから取り立てた金属資源……マテリアル・プリンターで使うものか?)
見張りは二人。ウィルは今回隠密を重視するため、銃声の出どころをごまかせるサプレッサーを拳銃に装備している。
「なあ、資材はいつ運ぶんだ」
「二時間後だ。工場から無人の運搬車が来る」
ウィルは資材置き場南のフェンス前で煙草を吸ってだべっている二人を睨む。
一人は一撃で眠らせられる自信があるが、もう一人が厄介だ。
声を上げられれば、どれだけ潜んでいるかわからない援軍を呼ばれかねない。
(俺は傭兵じゃあないしな。さすがに、ムービースターみたいに暴れまわって制圧なんてやってちゃ、身が持たん)
こっそりと、フェンスを南からではなく、東側へ回り込む。
そうして草地に伏せて隠れつつ、マルチツールナイフを抜いた。
その切断用ニッパで、フェンスをちまちまちぎっていく。
(まずは施設の電源を落とす)
施設内は、日中の炎天下を紛らわすための冷却ファンがずっと回っている。これらを止めれば、敵も大きな混乱に陥る。
熱中症リスク、資材へのダメージ、無人車両への充電中断に伴う物流寸断。
(戦うのは俺の専門じゃない。とにかく死ななきゃいい)
ウィルはフェンスを断ち切り、その穴を
(見張りは一人。悪いが、数時間ほど寝ててもらうぞ)
ウィルはそう思って、催涙ガス弾を装填したピストルを構えるのだった。
ウィルは、催涙ガスで眠らせた敵を引きずって、配電施設の小屋に寝かせた。
起き上がっても抵抗できぬように、無力化結束バンドで手足を拘束しておく。
「おーい」
配電施設はコンクリで打ち固めた小屋だった。複雑な機械が動いており、これをどうすべきか悩む。
爆薬はあくまで銃器製造工場の、マテリアル・プリンターを吹っ飛ばす量しかない。ここで使うわけには行かない。
(あれこれ適当に、いや、ブレーカーを落とせばいいのか)
ウィルはそう思い、赤いハンドルに手を伸ばし、
「あー、やめておいたほうがいいぞ。そいつは電源に連動してブザーが鳴る仕組みだ。私はそれで掴まったんだ」
さっきから、幻聴が聞こえる。
「……暑さでやられたのか俺は」
ウィルはそう思って、配電施設を見回す。猫の額ほどの広さという表現を、以前本で知ったが、まさにそれくらいのスペースしかない。
そんなコンクリート部屋には配電盤がずらずらならび、宿直机には紙の帳面と、なぜか大きな鳥かごがある。
「気付いたかい? 私だ。オウルマン」
「鳥が、喋っている……」
オウルマン。そう名乗ったのは、大きなワシミミズクである。
ウィルは、己の正気を疑う。
血中エーテル濃度、適合度合いは既定値以内。
(エーテル過剰適合症候群じゃないよな)
エーテル過剰適合症候群――通称
Aether Hyper-Adaptation Syndrome――そう呼ばれる病が存在する。
ウィルは先天的にこの病を患っており、現在は投薬で抑えているが、酒に溺れていた頃は一種の酩酊感と多幸感を常に味わうという、恐ろしい堕落状態にあった。
この病は幻覚や幻聴をもたらすことでも知られる。
一種の精神汚染である――アビサル汚染にも近いものだ。
「ひょっとして、エイハスを疑っているのかな。安心したまえ、私もだ。私もそのエイハスなんだよ」
「なにか能力を?」
「知っているんだね、まあ当然か……強いて言えば、会話能力と知性、これが私のエイハスとしての能力だ」
ウィルは鳥かごに近づいた。
「鳥がエイハスに? 人がなるものだろう。テレパス能力や、キネシスなんかがそうだと聞いた」
ウィルやジーナが持つテレパスも、ギークマンが持つインソムニアというそれも、エイハスとして得た異能であり、人外の呪いだ。
「君は
「エルフ、っていうのがいると、聞いたことが……」
フクロウ――オウルマンは「ホゥ……」と目を細める。
「いかにも。私はそれに近い。野生のフクロウがエイハスに罹患し、こうなったのだ。もし私を助けてくれたら、今度は私が君を助けるよ。どうかな」
「まあいいだろう」
ウィルは鳥かごのシャッターを閉めている頑丈な結束バンドを、ニッパで断ち切った。
そうして開いてやれば、美しい温かみのあるブラウンカラーのフクロウが出てくる。
「自由とは素晴らしいね。ではさっそく。君は……飛脚かな?」
「ああ。奴らの味方ではない」
「そうだよね。人殺しの目つきじゃないからすぐに分かった。それでだ」オウルマンは翼で配電盤を示す。「まず、警報機から止めたほうがいい」
彼(?)が示すのは、配電盤脇の赤いベル。
伸びているコードが壁に貼り付けられており、それは予備電源へ伸びていた。
「こういうのは俺の担当じゃないが……まあ、やってみよう」
「その意気だ。私もサポートしよう」
ウィルは一旦、オウルマンに言う。
「敵の気配がしたら教えてくれないか」
「任せてくれ、我々はとても耳が良い」
ウィルは予備電源のコントロール盤を、ツール箱のドライバで開いた。
それから、スケルトンの動力系と直結したハンダゴテで基盤をいじる。
「慣れているな、君」オウルマンが感心したように言う。
「仲間にこういうのが強いやつがいる。あいつほど器用じゃないが」
配線を書き換えた。これで、ベルは鳴らない。
「まずい、足音がするぞ」
「眠らせた見張りが見えなくて来たのかもな」
「私に考えがある。君、そのロッドを貸してくれるかい」
「ああ。スタンモードにしておく」
ウィルがスタンロッドをオウルマンに差し出すと、彼は足でそれを掴んで飛翔した。
フクロウは音もなく飛べると言うが事実らしい。かすかに風は感じたが、音はない。
「おい、おい! 便所か? ったく、暇だからって見張りをサボるやつが――うお、おっ――がっ」
声だけでしかわからないが、オウルマンが決めたらしい。
それから、「ホッ」と「ホー」を組み合わせた鳴き声を飛ばしてくる。
「賢いやつだ」
トンツーだ。敵に知られるリスクもあるが、直に肉声でやり取りするより安全である。
婉曲的な言い回しを多用する暗号化も行っていた。
「カップ麺、お湯を入れよう」と、トンツーで言っている。
これは要約すれば、「三分で済ませろ」ということだ。
ウィルは作業を済ませた。そして、脚を鳴らす――オウルマンは耳が良いと言ったので、小さなタップと擦過音。
「麺が伸びる前に食べるぞ」
すると、
「湯切りしてくれ」と帰ってきた。
「さっきからあの鳥野郎うるせえぞ?」
「どうせデニーのやつがちょっかいかけてんだ」
外のやり取りを無視。ウィルは、がご、とブレーカーを落とした。
ブゥン、と音を立てて機器類が動作を停止。
それと同時に、オウルマンが異変を察知した
静かに飛翔し、背後からうなじに打撃。
「いでででえぇ!」とひっくり返る男に、隣の若い男が「おいっ、サソリに刺されたか⁉︎」と駆け寄る。
そこへオウルマンが再びの奇襲をしかけて、二人目も気絶させる。
「安心したまえ、私に毒はないよ。言葉に棘があるだけだ。ミスター! 敵の気配はないぞ」
オウルマンの声に、ウィルは小屋で頷く。
背負っていた万能斧で思いっきり、ケーブル類をぶっ叩く。
電源元を落としているから、エーテル逆流やら関電の危険もない。
斧は当然絶縁処理しているが、高電圧・高電流を流されると、絶縁破壊が起きるのだ。
がつっ、がんっ、がん、とケーブルを叩き潰し、切り砕く。
「よし、これで本命をこなしやすくなった」
ウィルはそう呟いて、小屋を出た。
斧を戻し、フェンスに開けた穴から脱出。
そうして施設を離れる。
「一人じゃまずかった」
ため息混じりに、ウィルは首を回す。
「そうかな? では、私はもう少し同行しようか」
「お前……」
「なに、打算もある。私には行くあてがなくてね。恩を売って、食事と寝床を貰おうと思っているんだ」
「ああ……まあ、いいだろう。俺はウィル。ウィル・ストランド」
「改めて、私はオウルマン――いや、オーチュンと呼んでくれ」
ウィルは眉を曲げた。
「どういう意味だ?」
「オウルマン・ザ・フォーチュン」
幸福のオウルマン。なるほど、その合体系らしい。
「よろしく、ウィル」
「ああ。頼む、オーチュン」
ウィルとオーチュンは、拳と翼を重ね合わせた。
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