5


「お前は暑くないのか。フクロウは暑さに弱いんだろう」

 ウィルは荒野を歩きながらオーチュンに聞いた。

「私も伊達にAHASエイハスではないんだ、ウィル。私は大気中のエーテルと水分を結合させ、冷却を可能とする過冷却超力アイシクルという能力を持っている。この能力で私は体温を下げているんだよ。君も、スケルトンに何かあれば私が協力するよ」


 誇らしげに胸を反るオーチュン――ウィルの肩で、歩きもせずに。それから誇らしげに「ホホッ」と笑う。


「会話と知性だけではないんだな」

「ああ。君もだろう? 過剰適合をモニタリングしてなくてはならないほどの状態なら、まさか、テレパスだけな訳が無い」


 なかなか賢い。

 ウィルは答えず、歩く。

「見えたぞ、ウィル。しかし敵が見えないな」

「さすが猛禽類、目の良さは流石だ」

「耳も、握力もね。我々は生まれながらのサバイバーであり、ハンターさ」


 野生の生き物は、そうでなくては生きられないことを知っている。それは本能で、血で、生まれながらに与えられた大自然の中で自覚しているのだろう。

 ウィルは己の幼少期を思い出し、苦いものを感じた。


 ウィルは小高い岩の上に登った。

 双眼鏡で、観察する。


「本当にいない……中か?」

「サーマルに切り替えてはどうだろう?」

「そうだな」ウィルは双眼鏡をサーマル・モードに切り替えた。ヘビのように、熱源でものを見る機能だ。「熱源は、プリンターの排熱装置だな」

「うむむ、無人機が非稼働で待機しているのかも」

「なるほど、それなら排熱を感知させずに敵を迎撃できる。お前賢いな」


 オーチュンはホッホー、と鳴いた。

「もっと褒めてくれ。まあ、過冷却超力アイシクルに関して言えば、実はすこぶる燃費が悪いのだがね」

AHASエイハスの能力はエーテルを使うわけではないからな」

 ウィルは双眼鏡をしまい、歩き出した。

「そうだ、ウィル。エーテルへ命令を飛ばすだけでね。使っているのは生命維持に必要な、血であり、糖分なんだ。つまり、我々AHASエイハスはどうしても、エンゲル係数が高くなる」


 施設へ近づく。

「静かにしていろよ」

「ああ、くちばしにチャックをしておく」

 ウィルは慎重に内部を覗いた。


「もぬけの殻だぞ」小声で言った。

「出払っているのかい? ありえない、ここは、君が言うには敵の重要拠点のはず」


 ウィルは、オーチュンの存在をテレパスで本船に伝え、情報を共有していた。

 彼は自らを不当に拘束していた連中を恨みこそすれ、麾下に加わっていないと主張した。


 ――もしも私が裏切ったら煮るなり焼くなり好きにしろ。その前に、セップクして見せるがね。


 とまで言ったのだ。

 ウィルにはセップクが何なのかわからないが、ジーナが言うには、極東における「忠義の最上級の示し方」らしい。

 それほどの言葉を、このオーチュンが軽々言うとは思えない。

 この状況は、彼にとっても寝耳に水――つまり、敵の一味ではないのだという証拠でもある。


「ウィル、私はなんだか嫌な予感がする」

「ああ俺もだ、急ごう」


 ウィルは工場のフロア中央へ。そこには、エーテルで駆動するマテリアル・プリンターがある。

「これは?」オーチュンが聞いてきた。

「投入した資材をもとに、設計図通りのものをプリントアウトするものだ。ずっとずっと昔に3Dプリンターと呼ばれていたものを、技術的に突き詰めた結果の産物」


 丸い円筒の中で、プリントアウトされているのは銃だろう。ポップアップされているエーテルグラムのモニターには、ライフルが映っている。


「命を奪う道具を、こんな、無責任に……」オーチュンはくちばしを震わせる。

「落ち着け。さっさと済ませる。ここにいると心が腐る」


 ウィルは指定された荷物――爆薬をおいた。

 敵がいないのは不自然だったが、爆破工作においては好都合だ。


「タイマー式かい?」

「ああ。外部からの入力から二十分で爆発する。無線起爆は、エーテルが蔓延しているいまじゃ使い物にならんからな」


 ウィルはコードを有線で入力。ウェアラブルを叩いて起爆コードを送り込んだ。

 無線通信手段が限られている現代、リモート操作は有線か、タイマー起動の自律式が普通だった。


 中央フロアを出る。

 資材搬入口から脱出し、北西へ抜けるルートで配送エリアを離れる手筈――。


「む……」

 ウィルの鼻腔を、腐臭が衝いた。


「なんだろう、黒い……霧?」オーチュンは、「これ」を知らないらしい。

「吸うなオーチュン、それは死霧ネクロスフォグだ! 嵌められた!」

「そんな! ウィル、ありえない、偶然だ! 


 黒い霧が――ネクロスフォグが工場に充満する。

 ウィルはスカーフをオーチュンの口元に巻き付けて、己はスケルトン内蔵式のマスクを作動する。


「オォー――」

 空間にノイズが走り、黒く淀んだ影がこちら側の世界に反転し、滲み出してくる。

「エコーめ。懲りない奴らだ」

「以前にも戦ったことが?」

「倒せはしなかったが撃退はできた」


 ウィルがそう言うと、オーチュンは威嚇するように鳴いた。

「ならば今回もそうしよう。――恩を返すのが私の信条だ!」


 オーチュンはそう言って、AHASエイハス過冷却超力アイシクル能力を使った。

 瞬時に空気中の水分が凝固、凍結し、それが深淵から響いてきた死のノイズ――エコーの頭上から落下。

 ぐしゃり、と叩き潰す。


 赤黒い腐った血――ネクロスブラッドが飛び散る。

 だがそれは、数秒もすればぐるぐる蠢いて、ビデオを逆回しするようにいびつな人の形へ再生していく。


「くそ、やはりだめか」オーチュンは呻いた。「空気が乾燥していて、凝固できる水分がすくない!」

 ウィルは周囲を素早く観察。

「オーチュン、合図したら再凍結できるか」

「考えがあるんだな、任せてくれ。だがあと一回が限度だ!」


 ウィルは拳銃をしまって、代わりに、障害物破壊用散弾銃ブリーチャーを抜く。

「オーチュン、耳塞げ!」

 オーチュンは翼で顔を覆うようにして耳をふさいだ。


 エコーが撃たれると思ったのか、挑発するように体を揺する。

 やつらは自らが死なないことを知っている。そして、他者の生きるための抵抗を――つまり、エコー自身に対する攻撃を躱すなどという真似はしない。

 慢心の塊である。なにより、それがまかり通る理屈の上で生まれた存在だ。絶望を与え、生者を折るための否定性の権化。


 ウィルがすかさず発砲。

 本来はドアのノブやヒンジをふっとばす短銃身のショットガンが、工場のとある設備へ火を吹いた。


「お前なんぞは撃たん。まだ、まだな」


 それは、設備を稼働させるための配管の一つで、工業用水を循環させる水道管である。

 ウィルはポンプをコッキングし、あちこちの水道管を破裂させる。


 壁や天井から水が吹き出す。


「足りるか⁉︎」

「十分だ、流石だウィル! さあ走れ!」


 ウィルはショットガンに弾薬を込めつつ走った。

 水濡れのエリアを抜けると、エコーがのっそりと追いかけてきているのが、足音でわかる。

 びちゃり、びちゃ、と迫る死の気配。


「きっと死にたくなるぞ、エコーよ」

 そう言って、オーチュンが翼を振った。それを合図にぶちまけられた水が氷結励起したエーテルと結合、瞬時に凍っていく。

 その凍結はエコーを巻き込み、脚を飲み込み、腿を、胴を首を――全身を凍らせた。


「アァーーーーーーアァアアア!」

 悲鳴を上げるエコー。こちらを逃がすまいと伸ばした指先が、ぱき、と音を立てて停止。


地獄で会おうぜ、ベイビーアスタ・ラ・ビスタ、ベイビー


 ドガン、と音を立ててショットガンが炸裂。

 凍結したエコーを木っ端微塵にふっとばす。


 ウィルは臭いセリフを吐いたかもしれない、と思って、オーチュンを見た。

 彼はしかしノリが良いらしく、「私も今度真似させてくれないか」等と言って、嬉しそうに目を細めていた。


「私はイッピカイエ、と言いながら凍らせてみたいよ」

「じゃあ死なないフクロウになるな、お前は。オウルマンではなく、ダイ・ハードマンだ」

 ウィルも、上機嫌にそういった。

 いずれにせよ――これでジーグは助かるのだ。


 二人は工場から出て、淀んだネクロスフォグの空気から解放される。

 うんざりな暑さも、今では恋しく思えるほどに、安堵を覚えた。


「しかし応えたな、私は少し、休ませて――」


 ――そう思っていたからこそ、直後工場から上がった雄叫びに、二人は反応できなかった。


「冗談だろう!」

「ボス戦というわけだな……」

「クリアできなきゃ、さすがに興醒めだ」

 ウィルも同意見だが、勝利条件は必ずしも相手を倒すことではない。

「オーチュン、お前だけでも飛べるか?」


 工場を内側からぶち壊し、現れたのは上背だけで六メートルを超える四足の獣である。


「無茶を言うな、私だけ逃げるだと。私はサムライ・ハートの持ち主だ!」誇り高く、オーチュンは言った。「凍結は無理だが、攻撃予兆は察知できる」

「助かる」ウィルは一旦ショットガンをしまう。「あれもエコーだな」


 観察。まずは観察だ。

 そいつは、見た目は鹿である。異様に巨大で歪な角を持っており、それがブルドーザーの排土板のようにも見えた。

 どう使うかは、一目瞭然。


「ウィル、私のカウントを共有させてくれ、残り三〇〇カウントで、エーテル爆弾が炸裂する」

「そうだ、あそこにおいてきた爆弾か」


 エコーは殺せない。だが撃退はできる。

「船長殿には伝えたほうがいいのではないか、ウィル」

「息子のそばにいさせてやりたい。俺達でやるぞ」


 ウィルはゆっくりゆっくり迫る鹿型エコーに、催涙ジェルをしこたま詰め込んだグレネードを投擲。

 工場の外に出ている自分は、今や格好の獲物。

 自然の大地では、人間は獣に勝てない。


 催涙グレネードが炸裂すると同時に、エコーが突進を開始。

 ウィルは勘だけで左に飛んで、転がっていたコンテナの影に隠れた。


 鹿型エコーは炸裂・噴霧された催涙ガスで軌道を逸らされ、ウィルのいる場所の向かって右へ滑り込んでいく。

 いくつもの機材や、フォークリフトを巻き込んで転倒。


「未だウィル、逃げ込もう!」

「プリンターの武器を使えるかもしれん。あんなもの触りたくもないが、死んでしまうよりはいい」

「ああ、生きている者が一番立派なんだ」


 ウィルはプリンターエリアへ飛び込んだ。

 すでにエコーのうめき声と、走り出す音、なにかに衝突する轟音と振動がしている。

 ベルトコンベアに流れていたグレネード・ランチャーを掴んで、別のコンベアを流れる紙のボックスを掴んだ。

 四〇ミリ焼夷弾を六発装填。


「慣れているな、ウィル」

「育ちが特殊だった」ウィルは言った。「育ての親が傭兵だったんだ」

「それは――」言いかけ、オーチュンが叫ぶ。「西から来る! 三、二、一、――!」


 コンクリの壁をぶち抜いて、エコーが突っ込んできた。

 バラバラと舞い上がる破片とセメントダスト。

 ウィルはエコーへ焼夷擲弾を叩き込む。


 ポン、と空気が抜けるような音とともに、四〇ミリ擲弾が飛翔、エコーの鼻面ではぜた。

 テルミット反応による業火が、エコーの死肉をツギハギした肉体を燃やしていく。


 ギャアアアッと悲鳴が上がった。

 死なないエコーは、燃やされたところで倒れないだろう。否定性のりようを繰り返し、エコーさせ、死としての己を維持し続ける。

 しかし、そのせいで無限の苦しみを味わうのだ。

 エコーは燃料が尽きるまでその激痛を浴びせられ続ける。


 つまり、エコー撃退のメカニズムは、「死にたくなるほど痛めつけ、逃げさせる」という――ある種の人間的な残虐思想に基づいていた。


 エコーがもがき、ウィルは心を鬼にして六発撃ち切った。

 ランチャーを投げ捨てて、ウィルはオーチュンに問う。

「あと何秒だ!」

「一分もない! 急げ!」


 ウィルは駆け出した。

 窓に突っ込んで叩き割り、転がり出る。

 できるだけ離れた。

 相手を招き入れ、焼いて拘束、エーテル爆弾でふっとばして再生までの時間を稼ぐ。そういう作戦だ。


「ウィル、三十秒!」

「エコーは!」

「まずい、蹄を掻いている!」


 ウィルは直線で走っていては、最悪、突進で轢き殺されると判断。

 オーチュンを掴んで右のトラックの陰に転がす。

「よせ、無謀だ!」

「無理ではないんだろう。ならマシだ」


 ウィルは脇のオイル缶を倒して、土木用の爆薬を引っ付ける。タイマーをセット、そしてそのオイル缶を蹴りつけて転がした。


「オーチュン、準備しろ」

「え、あ、ああ!」


 エコーが工場から飛び出す。

 やつはオイル缶を砕こうとし、次の瞬間。


「「イッピカイエ、くそったれ!」」


 ウィルは咄嗟にオーチュンを抱き、背を丸めた。肩で耳をふさいで口を開ける。

 オイル缶が爆裂し、延焼を起こした。エコーを爆圧で押しつつ、延焼効果で拘束。

 数瞬遅れ、本命のエーテル爆弾が炸裂した。


 工場が、悲鳴のような激震とともに崩落。肩をすぼめるようにして、その巨体を沈めていく。


 耳がキンキン鳴っていた。

 オーチュンは無事だろうか。

 ウィルは炎に焼かれる工場を睨んだ。


「ウィル、ウィル!」

「ああ、よかった無事だな」

「ああ。それよりエコーが粉微塵だ」

「……奴らは不死身だ。いずれ復活する。早く離れよう」


 ウィルはボロボロのスケルトンを見た。

 装甲プレートが破片を弾いてくれたおかげで、致命傷はない。だが体に当たっていることは事実。きっと、あざだらけだろう。


「数え切れないほどの恩が君にできたな」

 工場を背に、合流地点まで歩くウィルに、オーチュンはそういった。

「巻き込んだのは俺だろう」

「すげないことを言うな。私で良ければ、これからも君を手伝いたい。食事と寝床があるならば、なお嬉しい」


 ウィルは微笑んだ。

「うちはむさ苦しいところだぞ」

「私には人間の性別なんか興味ないよ、はっはっは」


 オーチュンは饒舌にそう言って、笑った。

 ふたりとも、今回の一見ではいろいろな発見と疑問を見出した。


 ――これから忙しくなる。


 そんな確信に近い予感が、胸を渦巻いていた。

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