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「お前は暑くないのか。フクロウは暑さに弱いんだろう」
ウィルは荒野を歩きながらオーチュンに聞いた。
「私も伊達に
誇らしげに胸を反るオーチュン――ウィルの肩で、歩きもせずに。それから誇らしげに「ホホッ」と笑う。
「会話と知性だけではないんだな」
「ああ。君もだろう? 過剰適合をモニタリングしてなくてはならないほどの状態なら、まさか、テレパスだけな訳が無い」
なかなか賢い。
ウィルは答えず、歩く。
「見えたぞ、ウィル。しかし敵が見えないな」
「さすが猛禽類、目の良さは流石だ」
「耳も、握力もね。我々は生まれながらのサバイバーであり、ハンターさ」
野生の生き物は、そうでなくては生きられないことを知っている。それは本能で、血で、生まれながらに与えられた大自然の中で自覚しているのだろう。
ウィルは己の幼少期を思い出し、苦いものを感じた。
ウィルは小高い岩の上に登った。
双眼鏡で、観察する。
「本当にいない……中か?」
「サーマルに切り替えてはどうだろう?」
「そうだな」ウィルは双眼鏡をサーマル・モードに切り替えた。ヘビのように、熱源でものを見る機能だ。「熱源は、プリンターの排熱装置だな」
「うむむ、無人機が非稼働で待機しているのかも」
「なるほど、それなら排熱を感知させずに敵を迎撃できる。お前賢いな」
オーチュンはホッホー、と鳴いた。
「もっと褒めてくれ。まあ、
「
ウィルは双眼鏡をしまい、歩き出した。
「そうだ、ウィル。エーテルへ命令を飛ばすだけでね。使っているのは生命維持に必要な、血であり、糖分なんだ。つまり、我々
施設へ近づく。
「静かにしていろよ」
「ああ、くちばしにチャックをしておく」
ウィルは慎重に内部を覗いた。
「もぬけの殻だぞ」小声で言った。
「出払っているのかい? ありえない、ここは、君が言うには敵の重要拠点のはず」
ウィルは、オーチュンの存在をテレパスで本船に伝え、情報を共有していた。
彼は自らを不当に拘束していた連中を恨みこそすれ、麾下に加わっていないと主張した。
――もしも私が裏切ったら煮るなり焼くなり好きにしろ。その前に、セップクして見せるがね。
とまで言ったのだ。
ウィルにはセップクが何なのかわからないが、ジーナが言うには、極東における「忠義の最上級の示し方」らしい。
それほどの言葉を、このオーチュンが軽々言うとは思えない。
この状況は、彼にとっても寝耳に水――つまり、敵の一味ではないのだという証拠でもある。
「ウィル、私はなんだか嫌な予感がする」
「ああ俺もだ、急ごう」
ウィルは工場のフロア中央へ。そこには、エーテルで駆動するマテリアル・プリンターがある。
「これは?」オーチュンが聞いてきた。
「投入した資材をもとに、設計図通りのものをプリントアウトするものだ。ずっとずっと昔に3Dプリンターと呼ばれていたものを、技術的に突き詰めた結果の産物」
丸い円筒の中で、プリントアウトされているのは銃だろう。ポップアップされているエーテルグラムのモニターには、ライフルが映っている。
「命を奪う道具を、こんな、無責任に……」オーチュンはくちばしを震わせる。
「落ち着け。さっさと済ませる。ここにいると心が腐る」
ウィルは指定された荷物――爆薬をおいた。
敵がいないのは不自然だったが、爆破工作においては好都合だ。
「タイマー式かい?」
「ああ。外部からの入力から二十分で爆発する。無線起爆は、エーテルが蔓延しているいまじゃ使い物にならんからな」
ウィルはコードを有線で入力。ウェアラブルを叩いて起爆コードを送り込んだ。
無線通信手段が限られている現代、リモート操作は有線か、タイマー起動の自律式が普通だった。
中央フロアを出る。
資材搬入口から脱出し、北西へ抜けるルートで配送エリアを離れる手筈――。
「む……」
ウィルの鼻腔を、腐臭が衝いた。
「なんだろう、黒い……霧?」オーチュンは、「これ」を知らないらしい。
「吸うなオーチュン、それは
「そんな! ウィル、ありえない、偶然だ! エコーを人為的に呼び出すなんてことは!」
黒い霧が――ネクロスフォグが工場に充満する。
ウィルはスカーフをオーチュンの口元に巻き付けて、己はスケルトン内蔵式のマスクを作動する。
「オォー――」
空間にノイズが走り、黒く淀んだ影がこちら側の世界に反転し、滲み出してくる。
「エコーめ。懲りない奴らだ」
「以前にも戦ったことが?」
「倒せはしなかったが撃退はできた」
ウィルがそう言うと、オーチュンは威嚇するように鳴いた。
「ならば今回もそうしよう。――恩を返すのが私の信条だ!」
オーチュンはそう言って、
瞬時に空気中の水分が凝固、凍結し、それが深淵から響いてきた死のノイズ――エコーの頭上から落下。
ぐしゃり、と叩き潰す。
赤黒い腐った血――ネクロスブラッドが飛び散る。
だがそれは、数秒もすればぐるぐる蠢いて、ビデオを逆回しするようにいびつな人の形へ再生していく。
「くそ、やはりだめか」オーチュンは呻いた。「空気が乾燥していて、凝固できる水分がすくない!」
ウィルは周囲を素早く観察。
「オーチュン、合図したら再凍結できるか」
「考えがあるんだな、任せてくれ。だがあと一回が限度だ!」
ウィルは拳銃をしまって、代わりに、
「オーチュン、耳塞げ!」
オーチュンは翼で顔を覆うようにして耳をふさいだ。
エコーが撃たれると思ったのか、挑発するように体を揺する。
やつらは自らが死なないことを知っている。そして、他者の生きるための抵抗を――つまり、エコー自身に対する攻撃を躱すなどという真似はしない。
慢心の塊である。なにより、それがまかり通る理屈の上で生まれた存在だ。絶望を与え、生者を折るための否定性の権化。
ウィルがすかさず発砲。
本来はドアのノブやヒンジをふっとばす短銃身のショットガンが、工場のとある設備へ火を吹いた。
「お前なんぞは撃たん。まだ、まだな」
それは、設備を稼働させるための配管の一つで、工業用水を循環させる水道管である。
ウィルはポンプをコッキングし、あちこちの水道管を破裂させる。
壁や天井から水が吹き出す。
「足りるか⁉︎」
「十分だ、流石だウィル! さあ走れ!」
ウィルはショットガンに弾薬を込めつつ走った。
水濡れのエリアを抜けると、エコーがのっそりと追いかけてきているのが、足音でわかる。
びちゃり、びちゃ、と迫る死の気配。
「きっと死にたくなるぞ、エコーよ」
そう言って、オーチュンが翼を振った。それを合図にぶちまけられた水が氷結励起したエーテルと結合、瞬時に凍っていく。
その凍結はエコーを巻き込み、脚を飲み込み、腿を、胴を首を――全身を凍らせた。
「アァーーーーーーアァアアア!」
悲鳴を上げるエコー。こちらを逃がすまいと伸ばした指先が、ぱき、と音を立てて停止。
「
ドガン、と音を立ててショットガンが炸裂。
凍結したエコーを木っ端微塵にふっとばす。
ウィルは臭いセリフを吐いたかもしれない、と思って、オーチュンを見た。
彼はしかしノリが良いらしく、「私も今度真似させてくれないか」等と言って、嬉しそうに目を細めていた。
「私はイッピカイエ、と言いながら凍らせてみたいよ」
「じゃあ死なないフクロウになるな、お前は。オウルマンではなく、ダイ・ハードマンだ」
ウィルも、上機嫌にそういった。
いずれにせよ――これでジーグは助かるのだ。
二人は工場から出て、淀んだネクロスフォグの空気から解放される。
うんざりな暑さも、今では恋しく思えるほどに、安堵を覚えた。
「しかし応えたな、私は少し、休ませて――」
――そう思っていたからこそ、直後工場から上がった雄叫びに、二人は反応できなかった。
「冗談だろう!」
「ボス戦というわけだな……」
「クリアできなきゃ、さすがに興醒めだ」
ウィルも同意見だが、勝利条件は必ずしも相手を倒すことではない。
「オーチュン、お前だけでも飛べるか?」
工場を内側からぶち壊し、現れたのは上背だけで六メートルを超える四足の獣である。
「無茶を言うな、私だけ逃げるだと。私はサムライ・ハートの持ち主だ!」誇り高く、オーチュンは言った。「凍結は無理だが、攻撃予兆は察知できる」
「助かる」ウィルは一旦ショットガンをしまう。「あれもエコーだな」
観察。まずは観察だ。
そいつは、見た目は鹿である。異様に巨大で歪な角を持っており、それがブルドーザーの排土板のようにも見えた。
どう使うかは、一目瞭然。
「ウィル、私のカウントを共有させてくれ、残り三〇〇カウントで、エーテル爆弾が炸裂する」
「そうだ、あそこにおいてきた爆弾か」
エコーは殺せない。だが撃退はできる。
「船長殿には伝えたほうがいいのではないか、ウィル」
「息子のそばにいさせてやりたい。俺達でやるぞ」
ウィルはゆっくりゆっくり迫る鹿型エコーに、催涙ジェルをしこたま詰め込んだグレネードを投擲。
工場の外に出ている自分は、今や格好の獲物。
自然の大地では、人間は獣に勝てない。
催涙グレネードが炸裂すると同時に、エコーが突進を開始。
ウィルは勘だけで左に飛んで、転がっていたコンテナの影に隠れた。
鹿型エコーは炸裂・噴霧された催涙ガスで軌道を逸らされ、ウィルのいる場所の向かって右へ滑り込んでいく。
いくつもの機材や、フォークリフトを巻き込んで転倒。
「未だウィル、逃げ込もう!」
「プリンターの武器を使えるかもしれん。あんなもの触りたくもないが、死んでしまうよりはいい」
「ああ、生きている者が一番立派なんだ」
ウィルはプリンターエリアへ飛び込んだ。
すでにエコーのうめき声と、走り出す音、なにかに衝突する轟音と振動がしている。
ベルトコンベアに流れていたグレネード・ランチャーを掴んで、別のコンベアを流れる紙のボックスを掴んだ。
四〇ミリ焼夷弾を六発装填。
「慣れているな、ウィル」
「育ちが特殊だった」ウィルは言った。「育ての親が傭兵だったんだ」
「それは――」言いかけ、オーチュンが叫ぶ。「西から来る! 三、二、一、――!」
コンクリの壁をぶち抜いて、エコーが突っ込んできた。
バラバラと舞い上がる破片とセメントダスト。
ウィルはエコーへ焼夷擲弾を叩き込む。
ポン、と空気が抜けるような音とともに、四〇ミリ擲弾が飛翔、エコーの鼻面ではぜた。
テルミット反応による業火が、エコーの死肉をツギハギした肉体を燃やしていく。
ギャアアアッと悲鳴が上がった。
死なないエコーは、燃やされたところで倒れないだろう。否定性のりようを繰り返し、エコーさせ、死としての己を維持し続ける。
しかし、そのせいで無限の苦しみを味わうのだ。
エコーは燃料が尽きるまでその激痛を浴びせられ続ける。
つまり、エコー撃退のメカニズムは、「死にたくなるほど痛めつけ、逃げさせる」という――ある種の人間的な残虐思想に基づいていた。
エコーがもがき、ウィルは心を鬼にして六発撃ち切った。
ランチャーを投げ捨てて、ウィルはオーチュンに問う。
「あと何秒だ!」
「一分もない! 急げ!」
ウィルは駆け出した。
窓に突っ込んで叩き割り、転がり出る。
できるだけ離れた。
相手を招き入れ、焼いて拘束、エーテル爆弾でふっとばして再生までの時間を稼ぐ。そういう作戦だ。
「ウィル、三十秒!」
「エコーは!」
「まずい、蹄を掻いている!」
ウィルは直線で走っていては、最悪、突進で轢き殺されると判断。
オーチュンを掴んで右のトラックの陰に転がす。
「よせ、無謀だ!」
「無理ではないんだろう。ならマシだ」
ウィルは脇のオイル缶を倒して、土木用の爆薬を引っ付ける。タイマーをセット、そしてそのオイル缶を蹴りつけて転がした。
「オーチュン、準備しろ」
「え、あ、ああ!」
エコーが工場から飛び出す。
やつはオイル缶を砕こうとし、次の瞬間。
「「イッピカイエ、くそったれ!」」
ウィルは咄嗟にオーチュンを抱き、背を丸めた。肩で耳をふさいで口を開ける。
オイル缶が爆裂し、延焼を起こした。エコーを爆圧で押しつつ、延焼効果で拘束。
数瞬遅れ、本命のエーテル爆弾が炸裂した。
工場が、悲鳴のような激震とともに崩落。肩をすぼめるようにして、その巨体を沈めていく。
耳がキンキン鳴っていた。
オーチュンは無事だろうか。
ウィルは炎に焼かれる工場を睨んだ。
「ウィル、ウィル!」
「ああ、よかった無事だな」
「ああ。それよりエコーが粉微塵だ」
「……奴らは不死身だ。いずれ復活する。早く離れよう」
ウィルはボロボロのスケルトンを見た。
装甲プレートが破片を弾いてくれたおかげで、致命傷はない。だが体に当たっていることは事実。きっと、あざだらけだろう。
「数え切れないほどの恩が君にできたな」
工場を背に、合流地点まで歩くウィルに、オーチュンはそういった。
「巻き込んだのは俺だろう」
「すげないことを言うな。私で良ければ、これからも君を手伝いたい。食事と寝床があるならば、なお嬉しい」
ウィルは微笑んだ。
「うちはむさ苦しいところだぞ」
「私には人間の性別なんか興味ないよ、はっはっは」
オーチュンは饒舌にそう言って、笑った。
ふたりとも、今回の一見ではいろいろな発見と疑問を見出した。
――これから忙しくなる。
そんな確信に近い予感が、胸を渦巻いていた。
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