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シーン㉕
笹川澪はよく泣く子だった。
笹川慎一。
大学を卒業後に就職し、サラリーマンとして過ごす。
そこで今の家内と出会い、子を授かる。
平成12年2月29日。
娘が誕生した。
名前は澪と名付けた。
水がすっと流れる音のように、穏やかで周囲を癒やす存在になってほしい。
そんな願いを込めた。
笑顔の絶えない優しい存在になって欲しいと思っていたが、澪は泣き虫に育った。
一人娘のせいか甘やかしてしまい、ちょっとでも嫌なことがあるとすぐに泣く。
だが慎一も慎一の家内も親バカだった。
そんな澪に叱るどころか励まして育てた。
中学に上がると少しずつ泣き虫は減っていった。
友達が出来たからだろうか。
家で聞く澪の話では、友達に囲まれて幸せそうだった。
まさに名付けの通り、周りを癒す存在になった。
そしてある日を境に、澪は泣かなくなった。
ある日、勤務中の慎一の元に一報が入る。
「娘さんが事故で運ばれた。」
慎一はにわかには信じることが出来なかった。
急いで病院に行き、酸素マスクに点滴をつけられた娘の姿を目の当たりにするまでは。
なぜこうなったのか、誰が悪いのか。
家内や医者が何か話している気がしたが、何も耳には入らなかった。
なぜ自分の娘なのか。
慎一の脳内はそのことで頭がいっぱいだった。
「命に別状はありません。」
医者のその言葉以降、ようやく他の言葉が頭に入るようになった。
「しかし頭を強く打っているため、もしかしたら何かしらの記憶障害が残るかもしれない。」
なぜ自分の娘なのか。
慎一の頭にはまた同じ言葉が蘇った。
今度は他の言葉が頭に入らないわけではない。
ただ理解へと追いつくのに時間がかかった。
手術の次の日には娘は目を覚ました。
「事故の時のことは覚えていない。」
医者の言っていた記憶障害とはこの事だろうか。
娘自身の名前も、慎一や家内のことも覚えているようだった。
一時的な記憶が抜けているだけ。
記憶障害がこの程度で済んで良かった。
そう慎一は安心した。
異変に気づいたのは1週間が経った頃だった。
「いつから学校に行けるの?」
娘のふとした質問がきっかけだった。
事故から退院の後、様子見のため1週間学校は休ませることにした。
そしてその話は退院した日にも澪にはしていた。
にも関わらず先程の質問が飛んできたのだ。
それも1週間毎日。
最初は本当に行っていいのか?の確認だと思っていたが、日に日に本気で聞いていると慎一は夫婦共々感じていた。
笹川澪はよく泣く子だった。
笹川家に生まれ
その日の夜、俺は澪の回想をしていた。
記憶障害になる前の澪は、どんな女の子だったのだろうか。事故に遭ってからの絶望、そして、俺との出会い。
俺は、彼女の記憶を、日記を通して、少しずつ知っていく。
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