第三章 35分の水族館
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シーン⑯
「颯太くーん。顔が緩んでますよ。」
バイト中、なんとも言えない表情をしている颯太に
大輔がクレームを入れる。
「だってさー。」
颯太は朝のLINEを思い出す。
LINEの相手は澪だった。
「ビッグニュースです!
なんと昨日のこと覚えてるの!
水族館!!」
颯太はその3行の文を脳内で何度も噛み締めていた。
水族館の思い出なんて世のカップルならいくらでもあるだろう。
でも颯太と澪にとってはそれは特別過ぎた。
前日の記憶を35分しか引き継げない澪の記憶に残ったこと。そしてただの水族館ではない。
颯太と澪だけの特別な水族館。
颯太は思い出したら、また表情が緩んできた。
それを見た大輔がお盆で、颯太の頭を叩く。
カラン、コロン。
そんなやりとりをしていると入口のドアが開く。
「いらっしゃいませ。」
颯太は元気よく挨拶をする。
来店してきたのは、澪だった。
澪が入って来た後で扉がもう一度開く。
「え?」
それは颯太と、大輔もよく知る人物だった。
その人物はサッと2人に会釈をすると、澪と同じ席に着いた。
颯太は2人に水を運び、「どういうご関係ですか?」と言わんばかりの目線を一ノ瀬という男に送った。
一ノ瀬は颯太と大輔の専門学校の講師だ。
バイトの休憩時間、大輔は呆れたように俺に言った。俺は、いつものように澪との惚気話を大輔に聞かせていた。
「だってさ、この間もさ…」
俺が話の続きを始めようとすると、店のドアが開くチャイムが鳴った。そこに立っていたのは、笹川澪だった。
俺の姿を見つけると、彼女は満面の笑みで手を振った。俺も嬉しくなって、手を振り返そうとすると、大輔が俺の頭を軽く叩いた。
「バイト中はバイトに集中しろ」
大輔は真面目な顔で俺に注意する。俺は、そんな大輔を「真面目だなぁ」と笑った。しかし、大輔の顔には、どこか楽しそうな俺と澪への嫉妬が垣間見えていた。
そこに、講師の一ノ瀬先生がやってきた。俺は先生に気づき、挨拶をしようとすると、一ノ瀬先生は俺の隣を通り過ぎ、澪の席に座った。
「…お連れ様でしょうか?」
俺は不機嫌そうな顔で声をかけると、澪が楽しそうに答えた。
「一ノ瀬先生、病院でお世話になってるんです」
話を聞くと、澪は一ノ瀬先生が研修医をやっている病院に通っているそうだ。一ノ瀬先生は、少しだけ俺たちの話を聞いた後、真剣な顔で言った。
「…恋愛とは夢物語だ。いつか、現実を見なきゃいけない時が来る。その覚悟はしておけよ」
そう言うと、一ノ瀬先生はテイクアウトのコーヒーを頼んで、店を後にした。彼の言葉は、俺たちの恋愛を祝福しているようにも、警告しているようにも聞こえた。
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