第二章 35分の日記

ページ6

「望月颯太さーん。生きてますかー。」


ボーっとしている颯太に大輔が声を掛ける。

「むしろこの日常が生きてる心地を与えてくれます。」

大輔は「何言ってんだ」と言わんばかりにカウンターに突っ伏している颯太にデコピンを食らわす。

颯太はその衝撃で一度天井を見上げるが、「あぁー」と気の抜けた声で元に戻る。

「しかし本当に実在してるとは。颯太の女神様。」

「あれは小悪魔だ。いや、女神に返り咲いたんだった。」

こういう冗談を言えるのが大輔のいいところだと颯太は思っていた。

「まあ、でもこんだけ来ないと振られたな。」


澪と陽菜が来店してから二週間が過ぎていた。

世はゴールデンウイークだ。

この日は颯太と大輔も学校が休みなためランチからバイトに出ていた。

「そこの給料泥棒たち、仕事をしたまえ。」

マスターが二人に告げる。

「仕事って言っても、客なんていないし。」

そう言っているが、常連が何人か座っていた。

颯太たちにとっては常連は客としてカウントされていない。

常連さんたちも、颯太たちのこの感じを許してくれている。

「いや、いるから」

そう言われた先の席は、カウンターからは見づらい奥の席。

そしてその席にいたのは澪だった。

二人は店長にいつ来たのか聞くと、二人が昼休憩をしている間だけだという。

「言えよ!」


「コーヒーのお替りや他の注文はございませんでしょうか。」

颯太が澪に聞くと、

「あの今日は望月颯太さんっていらっしゃいますか?」

そう言われた。

ショックだった。そんなに影が薄いかな?と悲観しながらも颯太は答える。

「私が望月颯太です。」

「望月さん!じゃあ今日のおすすめケーキをください。」

この間の唐突チーズケーキを反省したのか、陽菜がいないからか今日の声はとても落ち着いていた。


「お待たせいたしました。本日の日替わりはショートケーキになります。」

ケーキを一口食べるとやはりこの間と同じだった。

彼女の「美味しい」というひとことは店中に響き渡った。

ケーキを一口食べると、手帳に書き込んでいた。

「あの、もしよければなんですが、それ見せてもらえますか?」

「はい、どうぞ。」

そこに書かれていたのは日記だった。


"朝8時半に起きた。

歯を磨いて朝ごはんを食べる。

朝ごはんを食べながらお母さんと話をした。

昨日の晩御飯の唐揚げが美味しかったと伝えるとお母さんは喜んでいた。

次、唐揚げを食べられるのを楽しみにしてる。

テレビで天気予報を見る。今日は雨が降るから傘がいる。(赤で協調)

今日の病院は陽菜がついて来てくれる。

それまでの間、1人でカフェに行く。

店名:カフェ・ドゥ・ソレイユ

場所:XXXXX

もし「望月颯太」さんがいたらケーキを作ってもらう。

でもチーズケーキじゃなくて日替わりケーキを頼む!!

カフェに来た。

「望月颯太」さんがいた。今日はショートケーキだ。楽しみ♪

ショートケーキも美味しい!スポンジがふわふわでクリームも優しい。"


颯太が認識できただけでもこれだけあった。

一日分でまだ今日は、昼を過ぎたばかりだと言うのに事細かに書かれていた。

「すごい。」

颯太がそう呟くと、「日課ですからね。」と言って日記を颯太から取り上げた。

その後も少し彼女のことを観察していたが、事あるごとに日記を出しては書き上げていた。

もはや日記と言うより備忘録に感じる。


備忘録でなぜか急に思い出した。

そうだ、35分の価値について聞いてみよう。

そう思った瞬間、「澪!」と急に店に入ってくる女性。

陽菜だった。

陽菜はまるで拉致されたかのように澪に迫っては、俺の方を向き目で威圧してきた。


俺はこの後知ることになる。

なぜ陽菜がここまで警戒をしているのか。

なぜ澪があんなにも事細かに日記を書いていたのか。

なせ35分の価値なのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る