第5話:学校での「株価」急上昇、および元カノの乱高下

 翌朝。

 通学路は、ある異変に揺れていた。


 いつもなら「道端の石ころ」のようにスルーされる俺の後ろを、学校の絶対的カリスマ・西園寺栞が歩いているからだ。

 しかも、なぜか三歩下がって。

 古き良き昭和の妻かお前は。


「ちょ、おい見ろよ……あれ西園寺さんだろ?」

「なんで久遠と一緒に?」

「合成映像か? バグか?」


 周囲の男子生徒たちが、現実を受け入れられずに混乱している。

 寝不足の頭に、あいつらのヒソヒソ声が反響してガンガンする。朝からうるさいな。

 俺は頭を抱えた。

 「虫除けになれ」とは言ったが、これじゃ目立ちすぎて逆効果じゃないか。


 実際、俺のスマホには朝から大量の通知が来ていた。

 普段は俺に見向きもしない同級生たちからのLINEだ。


 『久遠、マジで西園寺さんと付き合ってるの?』

 『どうやって口説いたんだよ、教えろ』

 『今度紹介してくれよ』


 全部既読スルーだ。

 こういう「急に擦り寄ってくる連中」こそ、俺が最も嫌悪する存在だった。


「……旦那様。周囲の視線が痛いのですが、私が何か粗相を?」

「……いや、むしろ完璧すぎて浮いてるんだ。あと学校では『旦那様』はやめろ」

「では『あなた』で」

「それも違う」

「『ダーリン』は?」

「絶対にやめろ」


 そんなコントをしながら校門をくぐろうとした時だった。


「ちょっと! どういうこと!?」


 ヒステリックな声が響いた。

 亜理紗だ。

 隣には、今日も今日とてブランド時計を見せびらかしている東条もいる。


 俺は亜理紗の表情を観察した。

 明らかに動揺している。

 昨日まで「貧乏人」として切り捨てた俺が、突然「西園寺栞」という最高級ブランドと一緒にいる。

 彼女の価値観では理解不能な現象だろう。


「西園寺さん! 騙されないで! こいつ、正真正銘の貧乏人よ!?」


 亜理紗は正義の味方のような顔で、俺と西園寺さんの間に割って入った。


「私が振ったからって、今度は西園寺さんにたかろうとしてるのよ! こいつのお昼ご飯知ってる? 毎日コンビニのおにぎり一個よ!? しかもセール品の!」

「……セール品は賢い消費活動ですけど」


 俺の反論は無視された。


「そうだなあ、西園寺さん」

 東条が髪をかき上げながら、油ギッシュな笑顔で近づいてくる。

「君みたいな高貴な花は、こんな雑草の隣には似合わない。……俺の横なら、毎日フレンチをご馳走してあげられるけど?」


 うわぁ。

 教科書通りの三流悪役ムーブだ。

 こいつら、俺の「迷彩」におもしろいほど引っかかっている。


 内心でスマホを見る。

 東条建設の株価、また下がってる。

 もう泥船どころか潜水艦だろ、あの会社。

 沈みかけの船に乗ってる分際で、なんでこんな上から目線なんだ?


 俺は溜息をついて、西園寺さんを見た。

 助け舟を出そうかと思ったが、彼女はそれを手で制した。


 そして、聖母(マリア)のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「……ご忠告、ありがとうございます」


 西園寺さんは優雅に一礼した。

 その所作だけで、亜理紗と東条が「格の違い」に圧倒されて後ずさる。


「でも、心配には及びません。久遠様は、あなた方が想像もできないほどの……『大きな器』をお持ちの方ですから」

「う、器? 貧乏なのに?」

「はい。物質的な豊かさなど、彼の前では紙屑同然です」


 彼女はうっとりと俺を見た。

 やめろ、目が怖い。50億の借用書を見る目だそれは。


「それに東条様。……フレンチも素整ですが、あなたのその時計」

「あ、ああ! これか? 親父に買ってもらったロレ……」

「ベルトの革が、少し安物に見えますわね。……純正品ではありませんね?」


 ズバリ。

 東条の顔が引きつる。


「純正のクロコダイルは、もっと腑(ふ)の並びが繊細です。……久遠様なら、そんな『見栄だけの模造品』は、絶対に腕に巻きませんわ」


 彼女はニコリと笑ってトドメを刺した。

 東条が顔を真っ赤にして時計を隠す。


 うっわ、エグい。

 さすが元・上流階級。

 偽物に対する嗅覚が警察犬並みだ。


「それから亜理紗さん」


 西園寺さんは、今度は亜理紗に向き直った。


「あなたのそのバッグ、エルメスのバーキンに似せた偽物ですわね?」

「え……!?」

「本物なら、ステッチの間隔がもっと均等です。それに、金具の輝きが……少し安っぽいですわ」


 亜理紗が青ざめた。

 確かに、彼女のバッグは偽物だ。

 本物のバーキンなら300万円以上するが、彼女が持てるはずがない。


「久遠様は、そのような『偽りの装飾』を身に着ける方ではありません。本物の価値を知っていらっしゃいますから」


 完璧な反撃だった。

 亜理紗と東条は、自分たちの「偽物」を指摘され、何も言い返せずにいる。


「行きましょう、あなた」

「……はいはい」


 俺たちは呆然とする二人を残して、校舎へと向かった。

 背中で、生徒たちのザワザワという声が聞こえる。

 

 『西園寺さんが言い返した……』

 『久遠って何者なんだ?』

 『東条の時計、パチモンだったのかよw』

 『亜理紗のバッグも偽物だって』


 俺の「貧乏人株」がストップ高になり、東条の「金持ち株」が大暴落した瞬間だった。


 教室に入ると、さらなる騒動が待っていた。

 俺の机の上に、大量のラブレターと菓子折りが積まれている。


「うわぁ……」


 俺は頭を抱えた。

 これが「西園寺効果」か。

 昨日まで俺を無視していた女子生徒たちが、突然俺に興味を示し始めている。


「久遠くん、今度お茶でもしない?」

「私と映画を見に行かない?」

「今度の休日、空いてる?」


 ……ゲンキンな連中だ。

 昨日まで空気扱いしてたくせに、西園寺ブランドが付いた途端これだ。

 全員、金(カネ)の匂いに釣られたハエにしか見えない。


「あの……皆さん」


 西園寺さんが、上品な笑顔で割って入った。


「久遠様は、私の大切な方です。……あまりしつこくされると、困ってしまいますわ」


 その一言で、女子生徒たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 西園寺栞の威光は絶大だった。


「……助かった」

「当然です。私の『お仕事』ですから」


 彼女は誇らしげに胸を張った。


 5000万で買ったのは「負債」じゃなくて「最強の番犬」だったか。

 思ったよりいい買い物だったかもしれない。


 西園寺さん、意外と毒舌だな。

 これは頼もしい「相場師」を手に入れたかもしれない。


(つづく)

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