五話 不器用でも

 女王の謁見が済み、建物内の円柱状の広間を三人で無言で歩いていると


「おい、八二三期生の……」


 とだけの囁き声が、耳道を這う毛虫さながらの不快感が指で背中をなぞるように存在感を醸し出す。

 私は生まれつき耳が良いのだけど、地獄耳過ぎて嫌な雑音まで拾ってしまうのは玉に瑕だった。


 やばい、気になれば気になるほどそちらの方に集中してしまう。

 グイグイと悪魔が聞けばいいだろう、思う存分。と呟きながら私の腰に巻きつけられたロープをリードに繋げられた犬を散歩するが如く引っ張ってくる。


 声の発声元は広間の椅子に腰掛けている五人ほどのグループの謡蜂だ。

 どの謡蜂も若気の至りか、ガラの悪い服装、頭髪、耳や顔にピアスを開けているものばかり。


 謡蜂の中にも不良めいた連中が存在する。特に悪い花言葉を冠する花の苗字を女王から授けられたものたちは、その傾向へと坂道を岩が転がり落ちるが如く、悉く向かうことが多い。


「悪魔の世代か」「人に呪歌ばかり歌ってるって話」「恥晒しが」「癖強ぎなのよ」「歌聞いたことあるけど酷過ぎたね」「マジかよ、よく人前で歌えるな」「それが個性だと思っているあたり終わってるよ」


 鋭利なナイフがザクザクと心の古傷をさらに抉り、出血のように焦燥感が溢れ出てきた。

 

 質量を伴わない無形の拷問に晒されても尚、完全に無視を決め込んでいたが


「劣等生のあいつらって存在意義あんの?」からの破裂するような爆笑が響き渡る。

 

 それが聞こえた瞬間、ぶちりと何か脳みその奥で弾力のある管が双方からの引力に耐えきれずに断裂する音が響き、メリッサが彼らの方を睨んだ途端。


 カツカツカツとオルロが五人グループの方へと近づいていく。靴音から噴火寸前の怒気が滲み出ていると分かった。


「オルロ?」

「ちょっとオルロ」

 こちらへやってくる気配に気づいたのか、急に会話を方向転換し、何でもない風を装う。


 もう無理だ、溢した水がコップに返らないし、吐き出した言葉は飲み込めない。


 オルロが五人組の寸前で止まると、殺気立った声音で呟いた。


「おい、お前らこそこそ悪口言いやがってよぉ、こちとら聞こえてないと思ってんのか?ああ?」

 まずい、呪歌を使いそうな剣幕だ。


 本来の呪歌は行き過ぎた力や自然の怒りを鎮める為の物。基本的に人へ歌ってはいけないが、謡蜂に対しては例外。

 嘗て大罪を犯した謡蜂へ死刑宣告が出た際に他の謡蜂が呪歌で殺した一例もあるのを書架で見たことがある。


「え?いや俺ら何も言ってないよな?」「うんうん」「そうよ、あっちに行きなさいよ」

 堂々と陰口を叩いておきながら急に被害者ヅラをする五人にオルロの中でとぐろを巻いている大蛇が鎌首をもたげる。


 濃密な闇に包まれた洞の中で炯々と狙いを定めた獲物へ双眸を輝かす。生き物の生命線を絶とうと研がれた牙が、張り詰めた肉の紐を穿つようにプスリと突き立てる。


「いるよな、遠巻きに悪口言っておきながら、ぶつける相手が近づいてきた瞬間に怖気付く奴」


 がしっ、と椅子に座っていた謡蜂の一人の喉を鷲掴みし、そのままグイッと天井へと掲げる。謡蜂の中でも屈指の肉体を持つオルロのことだ。

 本気を出せば喉を潰すどころか頚椎まで握りつぶしそうな迫力に、思わず駆け寄ってしまう。


「俺が一番だぁいっきらぁいな性格だな。寧ろ喉潰した方が経済的か?お望みなら一生雑用しかできない体にしてやるよ」

 

 そう言うオルロの表情が暴力的な愉悦に浸っている。


 苦悶の表情に満ち、徐々に顔が青ざめてくるのを見て

 仲間の謡蜂たちが慌てふためき始めた。ここにきてどんな理由があっても喧嘩を売ってはいけない存在であることを認識したようだ。


「おいおいおいおい」「やめろ!」「誰か胡蜂スズメバチ呼んで!」

 

 オルロの憤激具合とは対照的にゆったりとした足どりで彼の肩に手を添えるカムリムの冷静沈着さにも驚かされる。誰かが一人怒っていると却って泰然自若になるのと同じ心理か。


「落ち着けオルロ、蜂の巣で問題ごと起こすなよ。連帯責任で僕ら三人【赤印】持ちになっても良いのか?」


 ゆっくりと溶岩に水をかけるように、怒りに溺れた人を冷静になるよう諭す様に、逆鱗に触れ狂える龍を鎮めるようにカムリムが一線を超えた先のリスクを交えて告げる。


「ふぅー、悪い流石に血が昇った」


 右の掌の拘束から漸く解かれ、地面に尻餅をついて激しく咳き込む謡蜂を見下すオルロの血走った眼が、逆光も相まって途轍もなく恐ろしい怪物を眺めている気分だった。


「ならギリギリの範囲で止めとく」


 オルロが多少口を開いて発しているのは音波だ。

「がはっ」「んっ」「ぐ……」

「え?ちょっと何して」


 ドタバタと床に倒れ伏せる五人の謡蜂を見下ろし、オルロは無関心に吐き捨てる。

「呪歌の応用。恐怖心を最大限煽る音波で気絶させた、行こうぜ」 


 呪歌にも様々な系統の種類が存在し、病に罹患させるもの、死に至らしめるもの、気絶させるものなど。


 ついでに彼はしゃがみ込み、五人が身につけているドッグタグを確認した。

 謡蜂には自分の名前、花の名前が記されているドッグタグの着用を義務付けてられている。

 

「ダリア二人、チョコレートリリー二人、んでこいつはスノードロップか……覚えておくぞ」

 よりによって悪い花言葉を司る名前ばかりが並んでいるのと流石に肌が粟立つ。

 

 首を絞められて青白く顔を変色させていた「あいつら存在意義あんのか?」と私たち三人に向けて槍を突き刺すような言葉を放った、赤と黒混じりの長い銀髪を後頭部でボサボサになりながらも纏め上げ、側頭部に剃り込みを入れている。


 両耳にピアスを5つずつ、おまけに舌ピアスもつけている一番柄の悪い男をじっと睨みつける。

 こいつがスノードロップらしい。

 一応、私も首に下げられた小さな鎖に繋がれしドッグタグを引っ張り出して名前を確認する。


 カノーラス・スノードロップ。脳の片隅に記憶した。


「メリッサ、俺が呪歌でやり返した方がいいって言った理由、少しは分かったろ?」

 彼は自分の歌を侮辱されるのを嫌うが、同期を馬鹿にされるのは嫌悪の極みに達する。


 やられたらやり返す。

 どうしてもやり返すことができない性格の自分にとっては、この同期の価値観は一生分かり合えないと思っていたが、ほんの少し理解できたような気がした。

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