四話 女王の御前
中央の城砦に続く六本の巨大な渡り廊下。門扉を潜り、慌ただしい城内を歩み進める。
齢十を満たない働き蜂と呼ばれる雑用係、呪歌の反動で声が出なくなった者、歌いすぎて疲弊してしまい喉の療養期間中の者、罰則として謹慎処分の一環で雑用係を強いられている者が行き来していた。
数年前のカムリムがこの輪の中に入っていたと考えると、同期二人で仕事を回していた頃が懐かしくなる。
「お〜、見ろよカムリム。
「ハハッ、まずは君の減らず口を塞いだ方が早そうだね」
皮肉を苦笑いで返すあたり相当堪えているに違いない。
最低限でも五歳も年下の見習い階級に混じり、謡蜂の同僚に白い目で見られながら雑用をこなす。
普通の謡蜂なら自身の唄を鼻で笑われるくらいの屈辱だ。
女王のいる部屋に向かうために只管石造りの回廊を進んでいく。
五階を過ぎたあたりで少し休憩しようと、壁際でしゃがみこんだ。
「はぁ……はぁ……疲れた」「はぁ……全くだね、てか運動不足も甚だしいな」「はぁ……はぁ……というよりオルロは何でピンピンしてるの」「お前らとは鍛え方が違うからな」
オルロは自慢げにローブから覗かせる上腕二頭筋を曲げて、力瘤を隆起させる。
「そういえば呪歌って筋肉衰えさせる歌あった?四肢切断もいいけど」「落ち着けメリッサ」
「てか後三階くらい高くしてもよかったんじゃねぇの?まだまだ動かし足りねぇよ」
この体力馬鹿め。
わざわざ屈伸して煽ってくるのを見て、カムリムは眉を顰めてこっちを見た。
「メリッサ、君の気持ちがよく分かる気がするよ」
女王の間に辿り着いた時にはメリッサとカムリムは疲労困憊という有様、元気いっぱいなのはオルロのみだ。
「オルロ、扉開けて貰っていい?」
「しゃあないなぁ、貸しイチな?」
「あんまり調子乗ると本当に呪歌歌うぞ?」
「冗談だって……」
重厚な扉を開けると、豪奢な装飾で彩られた部屋が待ち構えていた。女王の発する感情がずしりと肩の重石として伸し掛かり、足取りが心なしか重い。
御前に佇む女王は、既に椅子から立ち上がり、杖をついてこちらを数段上の階層から見下ろしていた。
金糸のような鮮やかな金髪に、赤い瞳。
女王蜂になる特別な謡蜂はかなりの長寿と聞いていたが、一体幾つになるのだろう。八年前に初めてお会いした時から全く変わっていない。
部屋の中心部まで歩き、三人同時に跪く。
「女王陛下、オルロ・グラジオラス。カムリム・ヴァイオレット。メリッサ・ナスタチウム。只今参りしました」
「ご苦労様です、どうぞお顔をお上げになって」
穏やかなお顔をされているけど、添えられた花の香りと共に部屋中に充満する殺気立つほどの負の感情に冷や汗が止まらない。
異端児三人が同じ世代に纏っているかつ、数えきれないほどの問題を起こしまくっている所為で、胃腸が捻じ切られるほどストレスを抱えられているのかもしれないと考えれば大変申し訳なくなった。
「お三方の活躍は重々認知しております」
「それはそれは、有難き幸せでございます」
ガンッ!手に持った杖を力一杯床に突き付ける音と共に衝撃波が瞬く間に部屋中に拡がる。
風圧で毛先が多少靡いた気がした。
「ですが、全て精算し切れるとは思わないことです」
褒める時の優しい声音が一転、部屋全ての明かりを暗転させたかのようにドスの効いたものへと変貌する。
文字通り、光源であるシャンデリアの灯火が全て消えた。
完全なる暗闇の中、女王の側仕えであるまだ二十代半ばの謡蜂であるジジが洋灯に明かりを灯す。
正直、見上げた先に直立不動で佇む横から炎の明かりで照らされた女王の顔が恐ろしく、寧ろ暗闇のままの方がどれほど良かったかと思うほどだ。
弛緩したであろう空気が一気に張り詰める。三人とも一瞬の油断を突かれて心臓が早鐘を打つ。
胃酸が逆流して今にも嘔吐しそうになるのを必死に耐えた。
「特にカムリム、数年前に呪歌で我々のお得意先のお子さんを殺した罪は重いですよ」
お得意先?
お得意先ってまさか……。
チラリと横目でカムリムを見ると、生気がない表情、文字通り節穴が開いたような虚な瞳が眼窩に収まっているのがなんだか不気味に感じられた。
「……返す言葉もございません」
「ならば励むことです。次は半年謹慎で済ましませんよ。赤印を押した後、ここから永久追放とでもしましょうか」
赤印とは、謡蜂が大罪を犯した場合や積み上げた罪の多さが上限に達した場合、首筋に烙印される赤い蜂の刻印。
赤印を押された場合、逸れものとして巣の外を彷徨うことになる。もしそうなった場合自身で歌い蜂蜜飴の徴収、喉のメンテナンスも自分でしないといけず、かなり無茶な環境下での生活を強いられる。
また無茶な生活に耐えきれず、貴族などの物好きな人間に買って貰うようにし、奴隷かペットのような生活を選ぶものも一部いる。
謡蜂としての矜持すら捨ておき、他の人の所有物に成り下がる人生など私には到底想像できないが、少なからずいるのは確かだ。
「重々承知いたしました」
ゆっくりと目を瞑り、責任の重大さを痛感しているように視界に映ったが、顎はかなり強い力で噛み締めているように見えた。
「以上です、メリッサ、オルロ、そしてカムリム。下がりなさい」
漸く肩の荷が降りると思うと安心感が芽生えそうになるのを必死に堪える。次は杖でまた床を叩くどころか、肩をぶたれて骨を砕かれそうだ。
「失礼致します」
三人とも同時に立ち上がり、踵を翻して部屋の扉へ向かう途中。
「それともうひとつお伝えすることがございます」
錆びついたからくり人形の頭を動かすかの如く、ぎこちない動きで女王の方へと視線を巡らせる。
「【彼岸花】には気をつけなさい」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、煮え切らない食材を噛み砕き、嚥下するように胸の内に留めておく。
「承知いたしました」
三人とも女王の姿が扉の奥へと消えるや否や、肺胞の奥の細胞隅々まで溜め込んだ空気を一気に吐き出す。
「あー心臓に悪い」
オルロの正直過ぎる一言が部屋の奥にいる女王に聞こえた気がして急いで彼の口をメリッサは塞いだ。
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