二話 騎士と貴族

 辺境の僻地に派遣された帰り、メリッサはまだ拭えない焦燥感に苛まれていた。

「汚ねぇ歌」

 人と同等の心の機能があるのは謡蜂も変わらない。

 悔しさと胸の傷の痛みを押さえ込むように上着の上から心臓部分を握り込む。


 列車に乗り、畳んだ謡蜂のローブを膝上におき、レールの継ぎ目を渡るときの断続的な音を環境音に針葉樹林の森を眺める。時折クリジカの群れや子グマを連れたアカヒグマが悠然と歩いている光景が目に映った。

 

 普通の謡蜂たちならば、もっと上手くいっている筈だろうが、私ではいかんせん上手くいかない。

 あれはまだマシな方。酷いときは聴衆全員から石を投げられたこともあったくらいだ。

『貴方の歌が一番良かったよ』

 幾ら褒め言葉をくれたとしても、罵倒の所為で消滅している気がする。

 

 唐突に私に声をかける人がいた。


「ねぇ、貴方って謡蜂?」


 腰に剣を佩いた赤いローブを纏った腰まで伸びるサラサラの茶髪に炎の鮮やかさを思わせる柔らかな眼差しを含んだ赤い瞳の女性に、上等な布地を使用しているであろういかにも貴族風と言った感じの黒い紳士服、満月が放つ月光のような銀髪に、果てしない青空を写し込んだ蒼穹の瞳が吊り目の眼科に収まっている男性が自分の席の横に佇んでいた。


 明るい声音で話しかける女性は、知的好奇心丸出しの瞳が子供のように輝いている。


「おいフレン。いきなり失礼だろ。すみませんねうちの阿呆が」

 男性のほうは後頭部を右手でガシガシ掻きながら申し訳なさそうに会釈する。

「阿呆言うな、いいでしょ別に。あ、隣いい?」

「う……うん」


 メリッサの反対の席、窓際に彼女と向き合うように座る女性と、その隣に腰掛ける男性。

「そういえば自己紹介がまだだったね。あたしはフレン。フレン・コルヴァスね。見てのとおり騎士やってるよ」

「イヴレフ。イヴレフ・ブラッディム。貴族だ」

「……メリッサ。メリッサ・ナスタチウム。フレンの言うとおり……謡蜂」


「ほら〜言ったでしょ?金髪で花の名前が苗字の人って大体謡蜂だって」

「いや、後出しジャンケン過ぎるだろ。てか間違ってたらどうするんだ」

「いや〜あたしの勘に狂いはなかった!」

「その前にある程度絞れる要素が露呈しただろ」


 クスリと笑みが溢れる。

「あっ笑った!イヴちゃん!メリッサが笑ったよ!」

「列車内で大声で騒ぐな、子供か。あと人を指で差すのはやめなさい」

 まるで従兄弟のようなやり取りから一気に父親と娘みたいに変貌する。


「せっかく可愛い顔しているんだからもっと笑わないとね」

 両手でメリッサの顔をサンドイッチにしつつ覗き込むフレンはどこか楽しそうだ。隣のイヴレフを蚊帳の外にしつつ……。

「ねぇフレン、俺の話聞いてる?」


「……二人は知り合い?」

「そう、小さい頃からの腐れ縁だよ」

「誠に残念なことにな」

 フレンは自信満々に仲がいいと豪語しているが、イヴレフに至っては肘掛けに肘をついて明後日の方向を向いている。

「え?ちょっと」

 仲が良いのやら、悪いのやら。


「おっ、もうそろそろ目的地に着くな。フレン、降りる準備しとけ」

「はーい。そうだ!メリッサ今度でいいから、歌聞かせてくれない?」

「うん、また会ったらね」


「それじゃ!またね!メリッサ!」「またな〜」

「またね、フレンさんにイヴレフさん」

 楽しい人たちだったな。

 さっきまで曇り空のようにメリッサの心を包み込む焦燥感は嘘のようにさっぱりと消え去っていた。

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