一章 謡蜂の歌

一話 メリッサ・ナスタチウム

 金髪にオレンジとライトグリーンのメッシュを入れたショートボブに翡翠の瞳の謡蜂ウタイバチである女性が高らかに聴衆の前で歌い上げている。


 謡蜂の証である背中に蜂の刺繍が施された黒いローブを身に纏い、オリーブグリーンの長ズボン、黒いブーツの出立。


 メリッサ・ナスタチウム。謡蜂の任務として山奥の辺境の地へと派遣された彼女は帝国歌劇場にて大人数の観客へ圧倒的な歌唱力を武器として人々の心に鐘を打つ大物歌手さながらに。


 太陽をスポットライトに、魅入り沈黙に沈んだ聴衆達へと祝福を届ける。

 ぶつけられるであろう予想の範囲内の感想に割く思考など後回しに、今の一秒一秒、言葉の一葉一葉が粒揃いになるように発声へ全力投球していく。


 謡蜂は生まれつき舌に刻まれたミツバチの刻印を通して力を発揮する。

 

 祝福の感情が乗る歌は、大地を修復し、人々の傷を癒す。

 反対に呪詛の場合、大地を枯らし、人々を病や死に追いやる。所謂「呪歌」と呼ばれるやつだ。

 呪術的に言えば言葉にすることで相手に呪いをかける「呪言」に近いだろう。

 感情に乗った歌声は謡蜂達が込めた感情がそのまま反映される。


 最後のビブラート、緊張気味で喉が終始引き攣るが、うまくいったと自分でも思う。

「ありがとうございました」

 聴衆の拍手喝采が鳴り響く中、薄氷に向けて大槌を振り下ろすが如く、空気を切り裂く態とらしく吐かれたであろう罵倒が雰囲気を完全に破壊した。


「汚ねぇ歌」


 拍手が止み、全員の視線が一人の男に集中する。

 消失点にいるのは一人の若い男、不機嫌そうに木に凭れ掛かり、拒絶するように人差し指で耳道を塞いでいる。


 何度も言われても慣れない罵倒のナイフが心の古傷をそのまま模るように抉っていく。

 自分の癖はコンプレックスだ。他人に指摘されなくても理解している。

 

 罵詈雑言を浴びせる男性は興が乗ってきたようで徐々にヒートアップしていった。

「謡蜂ってのは弾を転がすような声に高い歌唱力を持っているって聞いてたが、飛んだ期待外れだな。声も歌も癖が強すぎて聞いてられねぇ」


 ナイフが一つ、また一つと突き刺さる。架空の質量であるはずなのに十分過ぎるほどに重く感じた。

「なあ、謡蜂ってのはこんな奴を雇い入れないといけないほど人材不足なのか?」


「やめろよ、折角きてもらってるのに可哀想だろ」

 聴衆の一人がメリッサの助け舟を出すも、勢いは留まる様子が見られない。

「うるせぇな、だったらもっとマシなやつを連れて来いってんだ」


 ゴソゴソとポケットの中から取り出したのは謡蜂への御礼の蜂蜜飴だ。

 光を弾いて黄金に輝くそれは、謡蜂にとって収入源であり、疲弊した喉の治療薬であり、生命線。

 

 長時間歌い続けたので今すぐにでも摂取したいが駆られた焦燥感で気が滅入っていく。


「ほらよ、礼の蜂蜜飴だ。とっとと失せろ糞音痴」

 額に走る衝撃。投擲された蜂蜜飴が顔面に当たったのだ。


「大丈夫かい?」

 聴衆の中の夫人が声をかけ、私の右手を掴んで、掌を広げると蜂蜜飴をぎゅっと握らせてくれた。

「うちの人が酷いことを言ってごめんなさいね。でもあたしは貴方の歌が一番良かったよ、今までやってきた謡蜂の中で最もね、だから自信を持ちなさい」


「あら、血が出ているわ。折角の可愛い顔が台無しだわ」

 ポケットから絆創膏を取り出したと思えば、患部に貼りつける。

「これでよし」


「……ありがとうございます」

 夫人に続き、籠の中に入れられる蜂蜜飴と比例して、メリッサへと激励の言葉が雨霰と降り注ぎ、さっきの罵倒で出来た傷を癒せなくとも包帯や絆創膏で少しずつ塞いでいく。


「あんたの歌よかったぜ」「あんなこと言われても気にすんな。素晴らしい歌だったよ」「気張ってけ、応援してるからよ」「おねぇちゃんおうたじょうずだったよ」

 

 老若男女から贈られる言葉の一つ一つが胸を打ち、目尻に涙が溜まる。

 気付けば嗚咽を漏らしながら泣いていた。


 コンプレックスを持っていようが、罵詈雑言を浴びせられようが、蜂蜜飴の代わりに石を投げられようが

 この瞬間が自分が謡蜂で良かったと前向きな考えにシフトしてくれる。

 

 謡蜂の存在意義である「荒廃した世界を癒すこと」が欠けたパズルのピースのようにピッタリと嵌るようだった。

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