第10話:異世界旅行の終わりと、新しい物語の始まり
王都への門を潜り抜けたのは、ゲートが閉じるわずか四時間前だった。
ボロボロの靴、煤けた服。でも、私の手の甲には聖地で授かった紋章が誇らしげに輝いている。
「おお……聖女様! 本当に、本当によくぞご無事で!」
王宮は大騒ぎだった。ドラゴンの出現で街道が封鎖されていたからだ。
国王様や神官たちが跪き、私の「巡礼完遂」を称える。儀式の間、私は精一杯の「聖女スマイル」を振りまきながら、チラチラと時計を気にしていた。
「……では、聖女様。約束通り、あなたを元の世界へお送りいたします」
神殿の奥、召喚された時と同じ場所で、再び光の渦が巻き起こる。
見送りに来たのは、この旅の間、私の「最強のお供」でいてくれた騎士カイルさん一人だけだった。
「聖女様……。貴女様との旅は、私の騎士人生で最も、その……『騒がしく、そして美味しい』日々でした。もう、貴女様のわがままを聞けないと思うと……」
カイルさんは寂しそうに微笑み、私の手を取って、騎士の礼を捧げた。
私は一瞬、本当のことを言いそうになった。
「これ、ただの旅行記としてネットに書くからね」なんて。でも、それは言わない約束だ。
「カイルさん。これ、あげる。最後のお土産」
私は、日本から持ってきた最後の一つ――使い古した「猫のキーホルダー」を彼の手に握らせた。
「それを見て、たまに私の『わがまま』を思い出してね」
光が強くなる。
カイルさんの「また、いつか!」という叫び声が遠ざかり、私の意識は真っ白な光に包まれた。
■ 現代日本、コンビニの裏にて
「……っ、あつっ!」
鼻を突くアスファルトの熱気。セミの鳴き声。
気がつくと、私は都内のコンビニの裏口に立っていた。手には、買ったばかりのアイスの袋。
スマホを確認すると、日時は家を出たあの日から、一分たりとも進んでいなかった。
でも、私のスマホのフォルダには、二つの月や、カイルの困り顔や、しゃぶしゃぶの湯気が、ぎっしりと保存されている。
「……よし、書こう」
それから私は、徹夜でキーボードを叩き続けた。
あの一ヶ月半の、汗と涙と、何より「食欲」にまみれた日々を。
タイトルはそのまま、『異世界・聖地巡礼の旅』。
【数ヶ月後。小説投稿サイト『ノベル・フロンティア』】
ついに完結。
最終話の投稿ボタンを押した瞬間、アクセス数は過去最高を記録した。
感想欄には「カイルロス」を叫ぶ読者や、続編を望む声が溢れかえっている。
朱音は学校の放課後、カフェでそれらのコメントを読みながら、一人でニヤけていた。
「ふふ、みんな騙されてる。これ、全部実話なのにね」
その時、一通の「新着メッセージ」が届いた。
読者からのプライベートメッセージ。ハンドルネームは――『シルバー・ナイト』
『拝啓、アカネ様。
貴殿の物語を拝読しました。特に、最後に聖女が騎士に贈った「小さな獣の守護印」の描写……。私の手元にある、この奇妙な意匠の鍵飾りと、驚くほど似ているのです。(中略)もしよろしければ、あの「しゃぶしゃぶ」のタレの比率について、もう少し詳しく教えていただけませんか?』
朱音の口から、飲んでいたアイスティーが吹き出しそうになった。
「……え、嘘。……これ、もしかして!?」
スマホの画面の向こう側。異世界か、あるいはこの現代のどこかか。
私の「空想」を、誰よりもリアルに受け止めている「読者」が、そこにいた。
朱音は顔を真っ赤にしながら、大急ぎで返信を打ち始めた。
「……もう、しょうがないなぁ。タレの比率はね、秘密なんだけど……特別に教えてあげる!」
私の夏休みは終わったけれど、物語の「続き」は、どうやらここから始まるみたいだ。
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