第8話:異世界の発見と「しゃぶしゃぶ」の衝撃
聖地からの帰り道。
私たちは「行きとは違う景色が見たい」という私のワガママで、西の街道ルートを選んだ。
これが大正解。たどり着いた宿場町『テラス』の市場で、私は運命の出会いを果たしたのだ。
「カイルさん、見て! あの肉、サシが入ってる!」
精肉店の店先に吊るされていたのは、『バル牛』という魔獣の肉。見た目は完全に高級和牛のそれである。さらに、その隣の乾物屋で見つけたのは、現地の果実を絞ったという「柑橘系の発酵調味料」
ペロッと舐めてみると、爽やかな酸味と独特の塩気……。
(……これ、ポン酢じゃん!!)
脳内に雷が落ちた。もう一ヶ月も干し肉や串焼き、シチューといった「濃い味」にさらされてきた私の胃袋が、猛烈に叫んでいる。
「さっぱりしたものが食べたい!」と。
■ 異世界しゃぶしゃぶ、開宴!
宿の厨房を(聖女の権限で)借り切った私は、カイルさんを助手にして準備を始めた。
* 薄切り肉の神業:
この世界には「薄切り」という概念がない。私はカイルさんに、ナイフを使ってバル牛を「向こう側が透けて見えるくらい薄く」スライスしてもらった。
カイルさんは騎士たる自分が料理人の真似事などとボヤいていたものの、肉を薄く切れる程の剣技を持つのは王宮騎士団にはカイルさんを含めてたった数人しかいないそうで、薄く切り分けたときは少し誇らしげだった。
* 出汁の儀式:
聖地の近くで採れた乾燥昆布(っぽい海草)で出汁を取る。湯気が立ち上ると、厨房のおじさんたちが「聖女様が魔法のスープを作っている!」と野次馬に。
* いざ、実食:
「カイルさん、いい? こうやってお肉を熱いお湯の中で泳がせて、色が少し変わったら……あの『ポン酢』にくぐらせて食べるの!」
半信半疑で口に運んだカイルさんの表情が、一瞬で凍りついた。
「なっ……なんだ、この食感は! 肉が、肉が口の中で溶けて消えました……! しかもこの酸っぱいタレ、肉の脂の甘みを引き立てて、いくらでも食べられる!」
カイルさんはその後、無言で肉を泳がせ続け、私の分まで食べ尽くさんばかりの勢いで「しゃぶしゃぶ」に没頭した。
【数ヶ月後のネット掲示板の反応】
1240:名無しの読者
最新話の「異世界しゃぶしゃぶ」、深夜に読むんじゃなかった……。飯テロすぎる。
1245:名無しの読者
> > 1240
> > 「バル牛の脂が、柑橘の酸味で洗い流される瞬間の恍惚」っていう表現、作者は絶対これ食ってるだろw 妄想で書けるレベルを超えてる。
> >
>
1250:名無しの読者
あの「ポン酢っぽい果実」、現実のシークワーサーとカボスのあいのりみたいな設定だけど、植物学者が「もし異世界に柑橘類が進化したなら、この配合はあり得る」ってマジレスしてて笑った。
1255:名無しの読者
作者コメント:
「お肉は薄ければ薄いほど、幸せも薄くなる気がしますが、しゃぶしゃぶだけは別ですよね☆」
……名言のようで、ただの食いしん坊の感想で好き。
「聖女様……。私は、この料理を広めるためなら、騎士を辞めても構わないと思っております。いや、いつか老いて騎士を退いた後は実際にこの料理で商いをしてもいいかもしれませんな」
お腹をパンパンに膨らませたカイルさんが、真顔でそんなことを言い出した。
王宮騎士団のエースを食欲で闇堕ちさせそうになったけれど、それくらい「しゃぶしゃぶ」の破壊力は凄まじかったらしい。
「ふふん、日本の……じゃなくて、私の空想の料理はすごいでしょ?」
私は、スマホのメモに『異世界のポン酢、お土産に10本確保』と書き込んだ。
王都に戻るまで、あと二週間。
私の胃袋が満足するまで、この「観光」は終わらせない。
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