第3話:遭遇! 巨大魔熊と「ゴミ出し」の重要性
聖地への旅が始まって一週間。私たちは王道から少し外れた、深い森を抜けるショートカットコースを進んでいた。
「聖女様、このあたりは『森の主』と呼ばれる牙熊(ファングベア)の縄張りです。決して音を立てず……」
「カイルさん、それよりあそこ! 木の皮が剥がれてる。あれって、熊のマーキングだよね?」
私が指差したのは、高さ3メートル近い位置にある鋭い爪痕。
私は東北地方の田舎町に住んでいるから、熊対策にはちょっとうるさい。
現実世界でも最近、人里に熊が出てくるニュースが多いし、山里でのマナーには人一倍厳しいのだ。
その時だった。
「――グォォォォォォン!!」
鼓膜を震わせる咆哮とともに、茂みから体長4メートルはあろうかという、漆黒の毛並みを持つ巨躯が現れた。
「出た……牙熊だ! 聖女様、お下がりください! 私が命に代えても!」
カイルさんが剣を抜き、決死の覚悟で前に出る。でも、私はその背中をポンと叩いた。
「待ってカイルさん。あの熊、お腹空かせてるだけだよ。ほら、口の端に……あれ、巡礼者が捨てていった残飯じゃない?」
■ 異世界流「熊害」の防ぎ方
私はカバンから、あるものを取り出した。
それは、昨夜の宿で「これ、捨てるならもらっていいですか?」とお願いして詰めてもらった、『香りの強い香辛料のカスと、超激辛の香油』を染み込ませたボロ布だ。
「クマさんはね、一度人間の食べ物の味を覚えると、執着しちゃうの。だから『人間に関わるとロクなことがない』って分からせないとダメなんだよ」
私はその激辛布を、護身用に持っていた魔法の火種(着火具)で炙り、煙を立ててクマの鼻先へ放り投げた。
異世界の熊だって、鼻の良さは地球の熊と同じ、いやそれ以上かも知れない。
「……ッ!? グガッ、ガハッ!!」
凄まじい刺激臭が森に充満する。牙熊は一瞬で鼻を押さえ、涙目で後ずさりし、そのまま脱兎のごとく森の奥へと逃げ去っていった。
「……え、それだけですか?」
剣を構えたまま固まるカイルさんに、私は腰に手を当てて説教を開始した。
「カイルさん、剣で倒すのは最終手段。それより、道中に生ゴミを捨てない! 巡礼者が美味しいものを持ち込むから、クマが『人間=デリバリー』って覚えちゃうんだよ。これ、山歩きの基本中の基本だからね!」
【数ヶ月後のネット掲示板の反応】
702:名無しの読者
最新話、まさかの「熊対策講座」で草。
「魔王の呪いで凶暴化した」とかじゃなくて「観光客のゴミ出しマナーが悪いから人里に降りてきた」っていう理由、リアルすぎて社会派小説かと思ったわ。
705:名無しの読者
> > 702
> > あの「激辛燻煙ボール」、実際に猟友会の知り合いに聞いたら「理にかなってる」って言ってたぞ。作者、JKのフリしたベテラン猟師説浮上。
> >
>
710:名無しの読者
カイルが「聖女様の英知に平伏しました」って感動してる横で、アカネが「ゴミ袋の口はしっかり縛って!」ってキレてるの、温度差が最高すぎる。
712:名無しの読者
作者コメント:
「地元のニュースを見て、異世界の環境保護についても考えてみました(笑)」
笑い事じゃないレベルで生態学の知識が混ざってるんだよなぁ……。
「いい、カイルさん? 聖地巡礼っていうのはね、自然へのリスペクトなの。ゴミは持ち帰る。これ、この世界の常識にしようね」
私は空になった激辛布を、しっかり密閉袋(これも異世界で特注した革袋)にしまい、ドヤ顔で歩き出した。
カイルさんは「……聖女様は、もしや山の神様の使いか何かで?」と、斜め上の方向に尊敬の眼差しを向けている。
(いや、ただの山育ちのJKなんだけどね。あー、今のクマの逃げっぷり、動画に撮りたかったなー!)
私はこっそり、森の空気を大きく吸い込んだ。
次の街まではあと三日。次はどんな「現地事情」が待っていることやら。
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