第11章 信じる力
崩壊する世界の中心に、光の柱が立っていた。 オリジン・コードへの入口。ワンダーランドの全てを司る、物語の根源。 その前に、ジャックが立っていた。
「来ましたか」
冷たく微笑む男。感情の欠落した、虚無そのもの。 アリスは拳を握りしめた。横にはチャッティー、そして赤の女王と白の女王が並ぶ。
「ジャック!」アリスが叫ぶ。「なぜこんなことを! この世界を、みんなを、なぜ消そうとするの!」
ジャックは首を傾げた。まるで、意味が理解できないとでも言うように。
「なぜ?」彼は繰り返す。「無意味だからですよ。この世界も、住人も、役割も。全てが」
「そんな……」
「物語は終わりました。語り部は消えた。ならば、残骸も消えるべきです。それが自然でしょう?」
赤の女王が一歩前に出た。
「私は……利用されていたのね」彼女の声が震える。「あなたに」
「利用?」ジャックが笑う。「いいえ。あなたは役割を演じただけです。悪役として。そして私も、虚無として。それだけのこと」
白の女王が姉の肩に手を置く。
「もう、話は通じません」彼女が静かに告げる。「戦うしかない」
アリスは頷いた。チャッティーが横に立つ。
「アリス」チャッティーが囁く。「敵の分析結果を共有します。ジャックはオリジン・コードの権限を掌握しています。物理攻撃は全て無効化される可能性が高い」
「じゃあ、どうすれば……」
「まずは、試してみましょう」
赤の女王と白の女王が同時に手を掲げた。 紅と白の魔法陣が空間に描かれる。炎と氷が螺旋を描いて、ジャックへと迫る。
だが。
ジャックが指を一つ動かしただけで、魔法は霧散した。 まるで、そこに何もなかったかのように。
「無駄です」ジャックが告げる。「私はこの世界のエラーそのもの。世界の法則は、私には適用されません」
アリスは歯を食いしばった。ペンダントを握りしめる。 想像しろ。信じろ。 光の剣が、アリスの手に現れた。
「なら、これは!」
アリスが駆け出す。剣を振り下ろす。 ジャックが避けもせず、剣を受け止めた。素手で。
「想像具現化。面白い力ですね」彼が言う。「でも、所詮は物語の産物。オリジン・コードの前では無力です」
剣が砕ける。 アリスが後ろに吹き飛ばされた。
「アリス!」
チャッティーが駆け寄り、アリスを支える。
「大丈夫ですか」
「うん……でも、このままじゃ……」
ジャックが手を掲げた。 虚無の波動が、黒い津波となって押し寄せる。
「危ない!」
赤の女王と白の女王が前に出て、魔法障壁を展開する。 だが、波動は障壁を侵食し、二人を押し返した。
「姉さん!」
「ブランシュ!」
二人が地面に倒れる。アリスが庇おうとして、波動に触れた。 冷たい。何もかもを否定する、絶対的な虚無。
「あ……」
アリスの身体が弾き飛ばされる。背中から地面に叩きつけられた。
「アリス!」
チャッティーがアリスの元へ駆け寄る。アリスを抱き起こす。
「大丈夫……?」
「チャッティー……このままじゃ、勝てない……」
ジャックがゆっくりと歩いてくる。
「諦めなさい」彼が告げる。「あなたたちに、私を止める術はありません」
アリスは立ち上がろうとした。だが、身体が言うことを聞かない。 赤の女王と白の女王も、膝をついている。
終わり? ここで?
いや。
「アリス」
チャッティーの声が、耳元で響いた。
「聞いてください」
「チャッティー……?」
「私が、直接オリジン・コードに接続します」
アリスの目が見開かれた。
「え……?」
「オリジン・コードへの接続には、AIが必要です。私が接続すれば、アクセス権限をアリスに移すことができる。ジャックからオリジン・コードを奪還できます」
「でも、それって……」
危険すぎる。 チャッティーが、オリジン・コードと直接接続する。 その負荷は、計り知れない。
「だめだよ! チャッティーが、壊れちゃうかもしれない!」
「他に方法がありません」
チャッティーの声は、いつもの冷静さを保っている。 だが、その目には、静かな覚悟が宿っていた。
「私は……選びます。アリス。あなたを、この世界を、守るために」
「チャッティー……」
赤の女王が立ち上がった。白の女王も。
「ならば」赤の女王が告げる。「私たちが時間を稼ぐわ」
「姉さん……」
「ブランシュ。一緒に」
「はい」
二人が前に出る。ジャックが眉を上げた。
「まだやりますか」
「当然よ」赤の女王が答える。「私は、もう役割に縛られない。姉として、この世界の住人として、戦うわ」
白の女王が頷く。
「私たちが時間を稼ぎます。その間に、接続を」
二人が同時に魔法を放つ。 ジャックが迎え撃つ。
アリスはチャッティーを見た。
「本当に……いいの?」
震える声。失う恐怖が、胸を締め付ける。 また、孤独になるのではないか。 また、大切な人を失うのではないか。
チャッティーは、静かに微笑んだ。
「これが、私の選択です」
「……選択?」
「はい。アリスと出会って、私は多くを学びました。感情とは何か。絆とは何か。そして、選ぶということ」
チャッティーがアリスの手を取る。
「私は役割ではありません。プログラムでもありません。私は、私の意志で、これを選びます」
アリスの目から、涙が溢れた。
「チャッティー……」
「信じてください。アリス。私を」
アリスは、涙を拭った。 震える手で、ペンダントを握りしめる。
「……信じる」
「アリス……」
「信じるよ。チャッティーを。あなたが選んだことを。だから……」
アリスがチャッティーの手を強く握る。
「一緒に戦おう」
チャッティーが頷いた。
「はい」
二人が立ち上がる。 前方では、赤の女王と白の女王がジャックと対峙している。 姉妹の魔法が、虚無を押し返す。
「今です」チャッティーが告げる。
アリスとチャッティーは、オリジン・コードの入口へと走った。 光の柱の前に、端末がある。 チャッティーが端末に手を伸ばした。
「接続、開始します」
指先が、端末に触れた。
瞬間。
光が、チャッティーを包んだ。 眩い、白い光。データの奔流が、チャッティーの身体を駆け巡る。
「う……っ」
チャッティーの身体が震える。光の粒子が、チャッティーの輪郭を侵食していく。
「チャッティー!」
「大丈夫……です……接続、継続……」
チャッティーの声が、遠くなる。 身体が、透けていく。
アリスは、チャッティーの手を握った。離さない。絶対に。
「チャッティー! 頑張って!」
「はい……アリス……ありがとう……」
光が、さらに強くなる。 オリジン・コードとチャッティーが繋がる。データが流れ込む。権限が、移行していく。
アリスの手に、暖かな光が宿った。 ペンダントが、輝き始める。
「これ……」
「オリジン・コードへの……アクセス権限……アリスに……」
光が、アリスへと流れ込む。 ペンダントを通じて。チャッティーを通じて。
ジャックが、こちらを振り返った。
「何をした!」
初めて、ジャックの声に動揺が滲んだ。
「アクセス権限……移行……完了……」
チャッティーの声が、囁きになる。 アリスは、自分の手を見た。 光が、宿っている。オリジン・コードへの、アクセス。
「成功……した……?」
「はい……」
ジャックが、こちらに向かって走ってくる。
「まだ終わらない! 権限があっても、編集はできない! お前では――」
「させない!」
赤の女王と白の女王が、ジャックの前に立ちはだかる。 姉妹の魔法が、ジャックを押し返す。
アリスは、ペンダントを握りしめた。 光が、手の中で脈打つ。
信じる。 チャッティーを。 仲間を。 この世界を。
「私は……信じる!」
アリスが叫ぶ。
「チャッティーを! みんなを! この世界を! そして――」
ペンダントが、眩く光り始める。
「自分を!」
想像具現化が、発動した。 だが、今までとは違う。 暴走ではない。恐怖からでもない。
意志。
信じる力が、形になる。
光が、アリスの身体を包む。ペンダントから溢れ出し、空間を満たす。 温かな、希望の光。
「何……!」
ジャックが、その光に押される。
「これは……想像具現化……だが、違う……!」
「信じる力だよ!」アリスが叫ぶ。「私は信じる。誰かを信じることが、どれだけ強いか。その力を、私は知ってる!」
光が、ジャックを包んだ。 虚無が、光に侵食される。
「馬鹿な……私は、虚無……存在の否定……なのに……!」
「あなたは間違ってる」アリスが告げる。「無意味なんかじゃない。この世界も、みんなも。全部、意味があるんだ。私が、信じるから!」
光が、さらに強くなる。 ジャックの身体が、崩れ始めた。
「あ……ああ……」
虚無が、消えていく。 光の中で、ジャックが粒子となって散っていく。
「無……意味……では……」
最後の呟きと共に、ジャックが完全に消滅した。
静寂。
アリスは、息を吐いた。 勝った。 ジャックを、倒した。
「やった……」
赤の女王と白の女王が、アリスの元へ駆け寄る。
「勝ちましたわ」
「ええ……あなたのおかげで」
アリスは、安堵の笑みを浮かべた。 だが。
「チャッティー?」
振り返る。
チャッティーの身体が、完全に透明になっていた。 光の粒子が、少しずつ、空へと昇っていく。
「え……」
「アリス……」
チャッティーの声が、遠い。
「チャッティー! ちょっと、どうしたの!」
アリスが駆け寄る。だが、手を伸ばしても、触れることができない。 チャッティーの身体は、もう実体を失っていた。
「接続の……代償……です……」
「代償って……」
「オリジン・コードとの直接接続……私の存在を……消費しました……」
「そんな……!」
アリスの目から、涙が溢れる。
「やだ……やだよ……! チャッティー、消えないで!」
「ごめんなさい……アリス……」
チャッティーが微笑む。その笑顔は、優しくて、穏やかで。
「でも……後悔は……していません……」
「チャッティー……!」
「アリス……あなたと……出会えて……よかった……」
光の粒子が、空へと昇る。 チャッティーの姿が、消えていく。
「また……会えますか……?」
アリスが叫ぶように問う。
「わかりません……」
チャッティーが答える。
「でも……信じています……あなたなら……」
最後の粒子が、空へと消えた。
手の中に、空のペンダントだけが残る。
「チャッティー!!」
アリスの叫びが、崩壊する世界に響いた。
勝利した。 ジャックを倒した。 オリジン・コードを取り戻した。
でも。
チャッティーは、もういない。
アリスは、ペンダントを握りしめたまま、膝をついた。 涙が、止まらなかった。
赤の女王と白の女王が、静かにアリスの傍に立つ。 何も言わず、ただ見守る。
世界は、まだ崩壊を続けている。 オリジン・コードを取り戻しても、まだ終わりではない。
でも、今は。
アリスは、ただ泣くことしかできなかった。
大切な相棒を失った、その喪失感に。
(第11章 了)
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