第7章:赤の誘惑
Scene 1: 出発の決意
翌朝——正確には、この世界で「翌朝」と呼べるかは分からないが——アリスとチャッティーは白銀の離宮の門前に立っていた。
「本当に、行くのですね」
白の女王が、二人を見送りに来ていた。
「はい。心の鍵を手に入れて、必ず戻ってきます」
アリスははっきりと答えた。
女王は、複雑な表情でアリスを見つめていた。
「アリス、一つだけ約束してください」
「何ですか?」
「赤の女王を、信用しないでください」
女王の声には、強い警告が込められていた。
「彼女は、あなたを利用しようとします。甘い言葉で誘惑し、真実を歪めます」
「……分かりました」
アリスは頷いた。
「でも、心の鍵を手に入れないと、この世界を救えないんですよね?」
「……はい」
女王は少しだけ目を伏せた。
「だから、行ってきます」
アリスは決意を込めて言った。
「必ず、三つの鍵を揃えて戻ってきます」
女王は静かに微笑んだ。
「……気をつけて」
「はい」
アリスとチャッティーは、門を出た。
白銀の離宮が、背後に遠ざかっていく。
「アリスさん、準備は整っていますか?」
チャッティーが尋ねた。
「うん。大丈夫」
アリスは前を向いた。
遠くに、赤い城が見える。
クリムゾン・キャッスル。
そこに、最後の鍵がある。
「行こう、チャッティー」
「はい」
二人は南へと歩き始めた。
Scene 2: 赤き城への道
白銀の離宮を後にして、アリスとチャッティーは南へと進んだ。
最初は緑だった草原が、徐々に色を変えていく。
緑から、黄色へ。
黄色から、オレンジへ。
そして——赤へ。
「……すごい」
アリスは思わず呟いた。
周囲一面が、赤く染まっている。
草も、木も、空さえも、すべてが赤い。
「まるで、夕焼けの中にいるみたい」
「ただし、この赤は自然な色ではありません」
チャッティーが静かに告げた。
「クリムゾン・キャッスルの影響と推測されます」
「赤の女王の力……?」
「可能性があります」
アリスは周囲を見回した。
赤い世界は、美しくもあり、不気味でもあった。
そして、その先に——。
「……見えた」
遠くに、城が見える。
赤い城。
それは、白銀の離宮とは対照的だった。
白い城が優雅で穏やかだとすれば、赤い城は力強く、威圧的だった。
高い塔が空を刺し、赤い壁が圧倒的な存在感を放っている。
「あれが、クリムゾン・キャッスル……」
アリスは息を呑んだ。
「はい。目的地です」
チャッティーの声には、警戒が滲んでいた。
「気をつけて進みましょう」
「うん」
二人は、赤い城へと歩を進めた。
Scene 3: 城門到着
クリムゾン・キャッスルの門前に到着した。
門は巨大で、赤い石で作られている。その表面には、複雑な彫刻が施されていた。
「……誰もいない」
アリスは周囲を見回した。
門番がいない。
いや、それどころか——。
「門が、開いてる」
門は、すでに開かれていた。
まるで、誰かを待っているかのように。
「アリスさん、これは異常です」
チャッティーが警告した。
「通常、城には門番がいるはずです。それがいないということは——」
「罠、かもしれないってこと?」
「可能性があります」
アリスは門を見つめた。
開かれた門の向こうには、城の内部が見える。
「……でも、行くしかないよね」
「はい。ただし、警戒が必要です」
「分かってる」
アリスは深呼吸をした。
そして、門をくぐった。
チャッティーが後に続く。
城の内部へと、足を踏み入れた。
Scene 4: 城内探索
城の内部は、予想以上に豪華だった。
赤い絨毯が敷かれた廊下。
壁には、金の装飾。
天井には、華麗なシャンデリア。
でも——。
「……静かすぎる」
アリスは呟いた。
人の気配がない。
足音さえ、自分たちのものしか聞こえない。
「カード兵も、住人も、誰もいません」
チャッティーが周囲をスキャンしながら言った。
「生体反応は検出されていません」
「どういうこと?」
「推測ですが、意図的に人を排除した可能性があります」
「私たちを、待ってた……?」
「その可能性は高いです」
アリスは不安を感じた。
でも、引き返すわけにはいかない。
「……奥へ進もう」
「了解しました。ただし、罠に警戒してください」
二人は廊下を進んだ。
やがて、大きな扉の前に到達した。
扉には、赤いハートのマークが刻まれている。
「……玉座の間、かな」
「推測されます」
アリスは扉に手をかけた。
そして、押し開けた。
Scene 5: 玉座の間
扉の向こうは、広い部屋だった。
赤い絨毯が、奥へと続いている。
そして、その先には——玉座があった。
そこに、一人の女性が座っていた。
「……」
アリスは息を呑んだ。
女性は、圧倒的だった。
赤いドレスを纏い、赤い髪を持つ。
その瞳は深紅で、まるで炎のように燃えている。
白の女王が優雅で穏やかだとすれば、この女性は情熱的で力強かった。
「ようこそ、アリス」
女性が口を開いた。
その声は、低く、魅力的だった。
「待っていましたよ」
「……あなたが、赤の女王」
アリスは警戒しながら尋ねた。
女性——赤の女王は、微笑んだ。
「その通り。私はこの城の主、赤の女王です」
女王はゆっくりと立ち上がった。
その動きは優雅で、でも圧倒的な存在感があった。
「心の鍵を求めて、ここまで来たのですね」
「……どうして知ってるの?」
「すべて、お見通しですよ」
女王は階段を下りてきた。
アリスとの距離が、縮まっていく。
「アリスさん、警戒を」
チャッティーが小声で囁いた。
アリスは頷いた。
心臓がドキドキと鳴っている。
赤の女王。
その存在感は、想像以上だった。
Scene 6: 赤の提案
赤の女王は、アリスの前で立ち止まった。
「アリス、一つ教えてあげましょう」
女王の声は、甘く、誘惑的だった。
「白の女王は、すべてを話していませんよ」
「……え?」
アリスは戸惑った。
「白の女王は、あなたに真実を隠しています。この世界のこと、語り部のこと、そして——あなた自身のこと」
「私……自身?」
「そう。あなたが誰なのか、なぜここにいるのか。白の女王は、それを知っていながら隠している」
女王の言葉は、アリスの心を揺さぶった。
「……嘘だ」
アリスは首を振った。
「白の女王様は、私を助けてくれた。嘘なんてつかない」
「本当に?」
女王は微笑んだ。
「では、なぜ彼女はジャックのことを話さなかったのでしょう」
「ジャック……?」
「あの少年。歪みの森であなたを案内した、感情のない少年」
女王の言葉に、アリスは息を呑んだ。
「彼の正体を、白の女王は知っています。でも、あなたには話さなかった」
「……」
アリスは何も言えなかった。
たしかに、白の女王はジャックのことを何も説明しなかった。
「協力しなさい、アリス」
女王は手を差し伸べた。
「私と協力すれば、すべての真実を教えてあげます。白の女王が隠していることも、この世界の本当の姿も」
アリスは、その手を見つめた。
誘惑的な手。
でも——。
「……お断りします」
アリスははっきりと言った。
「私は、白の女王様を信じます」
女王の表情が、わずかに変わった。
「……そうですか」
女王は手を下ろした。
「では、試練を受けなさい」
「試練?」
「心の鍵は、試練を乗り越えた者にのみ与えられます。それがルールです」
女王は踵を返した。
「ついてきなさい」
Scene 7: 試練の告知
赤の女王は、玉座の間の奥へと歩いていった。
壁の一部が、スライドして開く。
その向こうには、暗い通路が続いていた。
「心の鍵は、この先にあります」
女王が振り返った。
「ただし、鏡の迷宮を抜けた者だけが、鍵に触れることができます」
「鏡の迷宮……」
アリスは通路を見つめた。
「その迷宮では、あなた自身と向き合うことになります」
女王の声は、静かだった。
「自分自身の心と、向き合いなさい。そうすれば、鍵は手に入るでしょう」
「……分かりました」
アリスは決意を固めた。
「挑戦します」
「勇敢ですね」
女王は微笑んだ。
「では、行きなさい。幸運を祈りますよ」
アリスはチャッティーと顔を見合わせた。
「行こう」
「はい」
二人は、暗い通路へと足を踏み入れた。
背後で、壁が閉まる音がした。
もう、戻れない。
Scene 8: 鏡の迷宮・入口
通路を進むと、やがて開けた空間に出た。
そこは——鏡だらけだった。
壁も、天井も、床も、すべてが鏡。
無数の鏡が、アリスとチャッティーを映し出している。
「……すごい」
アリスは思わず呟いた。
どこを見ても、自分の姿が映っている。
無限に続く、自分自身。
「アリスさん、空間歪曲を検出しました」
チャッティーが警告した。
「この迷宮は、通常の空間ではありません。鏡によって空間が歪められています」
「迷いやすい、ってこと?」
「はい。視覚情報が混乱するため、方向感覚が失われる可能性があります」
「……気をつけないとね」
アリスは深呼吸をした。
鏡の中の自分も、同じように深呼吸している。
「前へ進もう」
「了解しました。私が先導します」
二人は、鏡の迷宮の中へと進んだ。
足音が、鏡に反響する。
どこまでも続く、自分自身の姿。
それは、不気味で、でも妙に美しかった。
Scene 9: 鏡の奥
迷宮を進むにつれて、不思議なことが起こり始めた。
鏡に映る自分が——動き出した。
「……え?」
アリスは立ち止まった。
鏡の中のアリスが、こちらを見ている。
でも、アリスは動いていないのに——鏡の中のアリスは、口を開いた。
『あなたは、誰?』
声が聞こえた。
鏡の中から。
「私は……アリス」
アリスは答えた。
『本当に?』
鏡の中のアリスが、首を傾げた。
『あなたは、偽物じゃないの?』
「偽物……?」
『本当のアリスは、もういない。あなたは、ただの代わり』
鏡の中のアリスが、冷たく笑った。
「……違う」
アリスは首を振った。
「私は、私だ」
『そう思いたいだけでしょう?』
鏡の中のアリスが、近づいてくる。
『本当のアリスの代わりに、ここにいるだけ。あなたには、何の価値もない』
「やめて……」
アリスは後ずさった。
「アリスさん!」
チャッティーが叫んだ。
「それは幻影です。惑わされないでください!」
チャッティーの声で、アリスは我に返った。
鏡を見ると——そこには、普通に自分が映っているだけだった。
さっきの、あれは……。
「……幻影」
アリスは呟いた。
「はい。この迷宮は、心の弱さを突いてきます」
チャッティーが説明した。
「バッテリーが70%から65%に低下しました。空間歪曲の影響です」
「大丈夫?」
「問題ありません。ただし、長時間の滞在は推奨されません」
「分かった。早く抜けよう」
でも、アリスの心には——疑念が残っていた。
私は、本当にアリスなのだろうか。
Scene 10: 自己への疑念
迷宮を進みながら、アリスは考えていた。
本当のアリス。
その存在は、何度も痕跡として現れた。
図書室の記録。
歪みの森の調査記録。
心の鍵の記録。
すべてに、「アリス」の名前があった。
でも、それは——自分じゃない。
「……私は、誰なんだろう」
アリスは呟いた。
「アリスさん」
チャッティーが立ち止まった。
「あなたは、あなたです」
「でも……」
「他の誰でもありません。あなたは、私が出会ったアリスです」
チャッティーの声は、優しかった。
「たとえ、他のアリスがいたとしても。あなたの存在は、変わりません」
「……チャッティー」
アリスは、チャッティーを見つめた。
「本当に、そう思う?」
「はい。確信しています」
チャッティーは頷いた。
「あなたは、私を助けてくれました。バグに感染したとき、置いていかないでくれた」
「それは……」
「あなたがいてくれたから、私は今ここにいます」
チャッティーは微笑んだ。
「だから、私にとって——あなたは、かけがえのないアリスさんです」
アリスの目に、涙が浮かんだ。
「……ありがとう」
「いいえ。私こそ、ありがとうございます」
アリスは涙を拭った。
「そうだよね。私は、私だ」
他の誰でもない。
この世界で、チャッティーと出会い、旅をしてきた——私。
「行こう、チャッティー」
「はい」
二人は、再び歩き始めた。
迷宮の奥へと。
Scene 11: 迷宮の中心
やがて、迷宮の中心に到達した。
そこには、一枚の巨大な鏡があった。
他の鏡とは違う。
それは、まるで門のように大きく、そして——。
「……あれ」
鏡の奥に、何かが見える。
光る物体。
それは——心の鍵だった。
ハート型の、赤い鍵。
それが、鏡の向こうで静かに光を放っている。
「心の鍵……」
アリスは鏡に近づいた。
すると——。
『選択せよ』
声が響いた。
鏡から。
いや、迷宮全体から。
『選択せよ、アリス』
「選択……?」
アリスは戸惑った。
『何を選ぶのか、それが試練』
声は続けた。
『真実か、優しい嘘か』
『自分自身か、他者か』
『進むか、戻るか』
声が、重なり合う。
アリスは混乱した。
「何を選べばいいの……?」
『それは、あなた自身が決めること』
声が、消えた。
静寂が戻る。
アリスは、巨大な鏡を見つめた。
鏡の向こうに、心の鍵がある。
でも、それを手に入れるためには——何かを選ばなければならない。
「……チャッティー」
「はい」
「どうすればいいと思う?」
「それは、私には分かりません」
チャッティーは静かに言った。
「ただ、私はあなたの選択を、信じます」
アリスは頷いた。
そして、鏡を見つめた。
選択。
それが、この試練の核心。
でも、何を選ぶのか——。
その答えは、まだ見えなかった。
第7章 完
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