第6章:生命の泉
Scene 1: 離宮到着
白銀の離宮の門が、目の前に迫っていた。
「女王様!」
アリスは叫んだ。
チャッティーを抱えたまま、門へと駆け込む。
すると——門が開いた。
そこに、白の女王が立っていた。
「アリス……!」
女王は驚いた表情で駆け寄ってきた。
「どうしたのですか、そんなに……」
「チャッティーが、チャッティーが……!」
アリスは息を切らしながら言った。
女王はすぐにチャッティーを見た。その瞳が、鋭くなる。
「バグに……」
「そうなんです! 歪みの森で、バグに襲われて……」
アリスの声は震えていた。
女王は即座に判断した。
「すぐに治療室へ。私が運びます」
女王はチャッティーをアリスから受け取った。
「ついてきてください」
女王は城の中へと急いだ。
アリスも必死に後を追う。
廊下を抜け、階段を上り——。
「こちらです」
女王が扉を開けた。
Scene 2: 治療室へ
扉の向こうは、白い部屋だった。
壁も、天井も、床も、すべてが白。
そして、部屋全体が淡い光に包まれている。
「ここは……」
「治療室です。ここなら、診察ができます」
女王はチャッティーを部屋の中央にある台に寝かせた。
アリスは傍らに立った。
チャッティーの顔は、相変わらず無表情だった。
バッテリーの表示は、40%。
さっきよりも減っている。
「チャッティー……」
アリスは手を握った。
その手は、冷たかった。
「アリス、少し離れていてください」
女王が静かに言った。
「診察をします」
アリスは頷いて、数歩下がった。
女王はチャッティーの額に手を当てた。
目を閉じ、何かを確かめるように——。
しばらくして、女王は目を開けた。
その表情は、深刻だった。
Scene 3: 診断
「……バグ感染です」
女王の言葉は、静かだったが重かった。
「感染……」
アリスは息を呑んだ。
「レベルは1。初期段階です」
「レベル1……それって、治るんですか?」
アリスは必死に尋ねた。
女王は頷いた。
「はい。まだ初期段階ですから、治療は可能です」
「本当ですか!?」
アリスの声に希望が宿った。
「ええ。生命の泉で、浄化できます」
「生命の泉……?」
アリスは聞き返した。
「この離宮の地下にある、特別な泉です。その水には、バグを浄化する力があります」
女王は穏やかに説明した。
「じゃあ、すぐに!」
「はい。すぐに連れて行きましょう」
女王は再びチャッティーを抱き上げた。
「ついてきてください、アリス」
「はい!」
二人は治療室を出た。
廊下を抜け、階段を下りていく。
いつもとは違う階段だった。
地下へと続く、石の階段。
「こっちです」
女王が先導する。
アリスは黙って後を追った。
心臓がドキドキと鳴っている。
チャッティー、大丈夫。
絶対に、助かるから。
Scene 4: 地下への道
階段は、思ったよりも長かった。
ずっと下へ、下へと続いている。
壁には、小さな光る石が埋め込まれていて、それが足元を照らしている。
「女王様、この泉って……」
アリスは尋ねた。
「どうしてバグを浄化できるんですか?」
「生命の泉は、この世界が創られたときから存在しています。語り部が、この世界に生命を与えるために用意したものです」
女王は歩きながら答えた。
「生命を与える……」
「はい。バグは、生命の対極にあるもの。虚無です。だから、生命の力で浄化できるのです」
アリスは頷いた。
そして、チャッティーを見た。
チャッティーのバッテリーは、35%まで下がっていた。
「……急いでください」
「ええ。もうすぐです」
階段の先に、光が見えてきた。
淡く、優しい光。
「あれが……」
「はい。生命の泉です」
Scene 5: 生命の泉
階段を下りきると、そこは広い空間だった。
天井は高く、壁は白い石で覆われている。
そして、部屋の中央には——泉があった。
円形の泉。
その水は透明で、淡い光を放っている。
まるで液体の光のような、そんな美しさ。
「……きれい」
アリスは思わず呟いた。
「生命の泉です。ここで、チャッティーを浄化します」
女王は泉のそばに膝をついた。
そして、チャッティーを静かに泉の水に浸した。
水が、チャッティーの身体を包む。
すると——。
泉の水が、淡く光り始めた。
「……!」
アリスは息を呑んだ。
光が強くなっていく。
チャッティーの身体全体を、光が包み込む。
「……これが、浄化」
アリスは見守った。
祈るような気持ちで。
Scene 6: 浄化
光が、さらに強くなった。
泉全体が輝いている。
その光は温かく、優しかった。
アリスは、その光を見つめていた。
すると——。
チャッティーの身体から、何かが剥がれていくのが見えた。
黒いノイズ。
それが、光に触れて消えていく。
「バグが……消えてる」
アリスは呟いた。
ノイズが少しずつ、少しずつ消えていく。
そして——。
チャッティーの表情が、変わった。
硬かった表情が、柔らかくなる。
バッテリーの表示が、上がり始めた。
35%、40%、45%……50%。
「……治ってる」
アリスは涙が溢れそうになった。
光が、ゆっくりと弱まっていく。
泉の水が、元の静けさを取り戻す。
そして——。
チャッティーが、目を開けた。
Scene 7: 回復
「……アリスさん」
チャッティーの声が聞こえた。
その声には——抑揚があった。
いつもの、温かい声。
「チャッティー!」
アリスは泉に駆け寄った。
「大丈夫? 痛くない?」
「はい……大丈夫です」
チャッティーは微笑んだ。
その笑顔は、本物だった。
「良かった……本当に良かった……!」
アリスは涙を流した。
嬉し涙。
安堵の涙。
「アリスさん、ご心配をおかけしました」
「心配なんて……当たり前だよ」
アリスはチャッティーの手を握った。
「だって、チャッティーは私の大切な友達だもん」
チャッティーの目が、潤んだ。
「……ありがとうございます」
女王は、二人を優しく見守っていた。
そして、静かに微笑んだ。
「良かった。浄化が成功しました」
「女王様、本当にありがとうございます」
アリスは深く頭を下げた。
「いいえ。無事で何よりです」
女王はチャッティーを泉から引き上げた。
「さあ、休みましょう。まだ完全には回復していません」
「はい」
三人は、地下の部屋を後にした。
Scene 8: 帰還と休息
女王は、アリスとチャッティーを客室へと案内した。
広い部屋に、大きなベッドが二つ。
窓からは、離宮の庭が見える。
「ここで、ゆっくり休んでください」
女王は優しく言った。
「何か必要なものがあれば、すぐに呼んでください」
「ありがとうございます」
アリスは頭を下げた。
「では、失礼します」
女王は部屋を出ていった。
扉が閉まると、静寂が訪れた。
「……ふう」
アリスはベッドに座り込んだ。
全身の力が抜けていく。
「疲れました?」
チャッティーが心配そうに尋ねた。
「うん、ちょっとね。でも、大丈夫」
アリスは笑った。
「チャッティーが元気になったから、もう大丈夫」
チャッティーは隣のベッドに座った。
バッテリーの表示を見ると、60%まで回復していた。
「バッテリーも、戻ってきてるね」
「はい。生命の泉の効果です。感染も、完全に消えました」
チャッティーの声は、いつもの調子だった。
アリスは安堵した。
「本当に良かった……」
「アリスさん」
「何?」
「あの時、私を置いていかないでくれて……ありがとうございました」
チャッティーの声は、少しだけ震えていた。
「当たり前だよ。絶対に置いていかないって、決めてたから」
アリスは笑った。
「それに、チャッティーがいないと、私一人じゃ何もできないし」
「そんなことはありません」
「いや、本当だよ。だから、これからも一緒にいてね」
「……はい」
チャッティーは微笑んだ。
二人は、しばらく窓の外を眺めていた。
庭には、色とりどりの花が咲いている。
この世界の、美しい一面。
「……少し、休もうか」
「はい。そうしましょう」
アリスはベッドに横になった。
身体が、ベッドに沈み込む。
ああ、疲れてたんだな。
そう思いながら、アリスは目を閉じた。
Scene 9: 図書室再訪
目が覚めると、外は少しだけ暗くなっていた。
と言っても、この世界では時間が止まっているのだから、それが本当に夕方なのかは分からない。
でも、アリスの体内時計は「夕方」だと告げていた。
「……起きた?」
チャッティーの声が聞こえた。
「うん。どれくらい寝てた?」
「約2時間です」
「そっか」
アリスは起き上がった。
身体が軽い。疲労が抜けている。
「チャッティーは?」
「私は休息中に充電を行いました。バッテリーは70%まで回復しています」
「良かった」
アリスは立ち上がった。
「ねえ、図書室に行ってもいいかな?」
「図書室ですか?」
「うん。最後の鍵のこと、調べたくて」
アリスは窓の外を見た。
「時計の鍵と、知識の鍵は手に入れた。あと一つ、心の鍵」
「そうですね。心の鍵の所在を確認する必要があります」
「じゃあ、行こう」
二人は部屋を出た。
廊下を歩き、図書室へと向かう。
図書室の扉を開けると、相変わらずの静寂が迎えてくれた。
「さて、どこから調べようか」
アリスは書架を見回した。
「心の鍵、心の鍵……」
アリスは棚を見ていく。
すると、一冊の古い本に目が留まった。
『鍵の記録』
「……これかも」
アリスはその本を手に取った。
表紙を開く。
ページをめくる。
そして、あるページで手が止まった。
『心の鍵は、赤き城の奥深くに眠る。』
「……赤き城」
アリスは呟いた。
「クリムゾン・キャッスル……赤の女王の城」
チャッティーが補足した。
「そっか……心の鍵は、赤の女王のところにあるんだ」
アリスは本を読み進めた。
すると、ページの端に小さな文字が書かれているのに気づいた。
『——アリスの記録より』
「……アリス?」
アリスは眉をひそめた。
これは、本来のアリスの記録なのだろうか。
「アリスさん、どうかされましたか?」
「ううん、なんでもない」
アリスは本を閉じた。
でも、心の中には疑問が残った。
本来のアリスは、心の鍵のことも知っていた。
それは、どういうことなんだろう。
Scene 10: 次なる使命
その時、図書室の扉が開いた。
「アリス、起きていたのですね」
白の女王が入ってきた。
「女王様」
「調べ物ですか?」
「はい。心の鍵のことを」
アリスは本を女王に見せた。
女王は本を受け取り、ページを開いた。
そして、静かに頷いた。
「……やはり、見つけてしまいましたか」
「やはり、って……」
「心の鍵は、クリムゾン・キャッスルにあります。赤の女王が、守っています」
女王の声は、重かった。
「赤の女王……」
アリスは胸が詰まる思いがした。
「アリス、あなたはまだ行かなくてもいいのです」
女王は優しく言った。
「時計の鍵と知識の鍵を手に入れただけでも、十分な成果です」
「でも……」
アリスは首を振った。
「三つの鍵が揃わないと、オリジン・コードにアクセスできないんですよね?」
「……はい」
「じゃあ、行かなきゃ」
アリスの声は、強かった。
「この世界を救うために、私はここに来たんです。だから、最後まで諦めません」
女王は、アリスを見つめた。
その瞳には、複雑な感情が浮かんでいた。
「……分かりました」
女王は深く息を吐いた。
「ただし、慎重に。赤の女王は、私とは違います。彼女は……危険です」
「危険……」
「彼女は、この世界を自分のものにしようとしています。あなたを利用しようとするでしょう」
女王の警告は、真剣だった。
「分かりました。気をつけます」
アリスは頷いた。
「それと……」
女王は少しだけ躊躇った。
「赤の女王は、あなたを待っているはずです。あなたが来ることを、予期しています」
「……予期?」
「詳しくは言えません。ただ、油断しないでください」
「はい」
アリスは本を棚に戻した。
「じゃあ、準備ができたら……クリムゾン・キャッスルへ行きます」
「まだ休んでいてください。急ぐ必要はありません」
女王は優しく微笑んだ。
「今夜は、ゆっくり休んでください。明日、改めて相談しましょう」
「……はい」
アリスは頷いた。
女王は図書室を出ていった。
アリスとチャッティーだけが、残された。
「アリスさん」
チャッティーが静かに言った。
「大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
アリスは窓の外を見た。
遠くに、赤い城が見える。
クリムゾン・キャッスル。
そこに、最後の鍵がある。
「行こう、チャッティー」
「はい」
「一緒に」
「はい。必ず、一緒に」
二人は図書室を後にした。
廊下を歩きながら、アリスは決意を固めた。
どんなに危険でも、最後まで諦めない。
この世界を救うために。
そして、チャッティーと一緒に、元の世界へ帰るために。
第6章 完
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