第9話
三人を見送ったあと、桔梗は宇多に用事があるとかで出かけてしまった。
一人残った瑠生は夕食の用意をしようと、台所に立っていた。すると、呼び鈴もノックもなしに引き戸が開く音が聞こえた。
「咲希のやつ、忘れ物でもしたのか」
急いで玄関に行くと、珍しい人が靴を脱いでいる。
「あれ、あんた瑠生? ちょっと見ない間に背が伸びたわね」
「……
数年ぶりに顔を見せた茉莉花に、瑠生が言葉を詰まらせた。
スカートとブラウス姿の茉莉花が、瑠生をまじまじと見てくる。
「昔も可愛かったけど、美人になったわね。背はまあ、私よりちょと高いくらいか」
茉莉花が横に並んでくると、手のひらで自分と瑠生の身長差を測っている。
男子としては身長が低いね、と一番言われたくないことを言われて凹む。
どうせ、俺は百七十センチもない、チンチクリンだよ。
「今日はどうしたんですか、姐さん。その格好ってことは休み?」
身長の反撃に、ちょっと皮肉めいて聞いてしまった。
「あ……まあそんなとこかな。それよりお母さんは? 椿たちは?」
ふく里一番の古株が廊下をズンズン歩き、居間や台所を覗きながら尋ねてくる。
「今は誰もいませんよ」
「ふーん、お座敷──には早いか。どこ行ったの?」
勝手知ったる茉莉花が居間に入ると、座卓に置いてあった煎餅の袋を乱暴に開けて、バリバリと頬張っている。
「今日は小桃が半玉のデビューなんで、向島霞堤の会に行ってます。姐さんたちも一緒に。お母さんは宇多師匠のとこです」
「じゃあ当分、誰も帰ってこないか……」
台所でお茶の用意をしていると、茉莉花が呟くように言う。
「何か用事だったんですか」
瑠生が聞くと、何でもなーい、と間の抜けた声で返された。
お茶を持って戻ると、茉莉花が足を前に投げ出してくつろいでいる。
瑠生はため息を吐くと、茉莉花の前に湯呑みを置いた。
テレビを観て笑っている彼女を残し、瑠生は自室に下がった。
一時間ほどして、洗濯物を入れようと一階に下りた。
テレビの音が聞こえ、茉莉花がいるのだろうと居間を覗くと誰もいない。
座卓の上には空の湯呑みと、煎餅の食べた袋があるだけだった。
「トイレかな」
さほど気にも留めず、庭に降りて洗濯物を取り込んだ。
居間に運ぼうと戻ってきたが、まだそこに茉莉花の姿はない。
部屋を見渡すと、隅に置いてあった茉莉花の鞄がなくなっている。
「なんだ、帰ったのか」
それならそれで声をかけるなり、飲み食いしたものを片付けるなりしろよと言いたくなる。
瑠生は湯呑みを片付けながら、ふと、彼女は何をしに来たのだろうと考えた。
お母さんに用事でもあったのかな。
単純にそう思い、洗濯物を片付け終えると夕食の準備に取り掛かった。
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