第8話
芸者を目指す女の子たちは置屋に住み込み、芸者のお世話や掃除をこなしながら稽古に励む見習い期間を過ごす。そして、十八歳になると半玉としてデビューできるのだ。
今日のめでたい日を祝うため、瑠生は昇真の誘いを断って教室を飛び出した。
髪を束ねていたゴムを解き、肩の上で毛先を躍らせながらふく里まで走り抜いた。
咲希、緊張してるだろうな。
今日は、咲希の半玉デビューの日だ。
桜の開花はまだ先でも、美しい冬晴れの日は門出にピッタリだ。
中学を卒業するまでの三年間、朝早くからふく里で咲希の頑張りを瑠生は見ていた。だからこそ、今日の日を祝ってあげたい。
「ただいまっ。お母さん、咲希は——」
「瑠生、行儀が悪いっ。もうすぐ高校二年なるってのに、落ち着きなさい」
乱暴にふすまを開けたものだから、お茶を飲んでいた桔梗に怒られてしまった。
八の字に脱ぎ散らかした靴も、きっとあとで叱られるだろう。
「す、すいません」
素直に謝ると、桔梗がフッと口元を緩め、「支度部屋にいるよ」と、教えてくれた。
「ありがと、お母さん」
支度部屋の前で止まると、ふすまの前で呼吸を整えて髪を結んだ。
「咲希、いるか」と声をかけたら、入っていいよと、返事が聞こえた。
瑠生はそっと麩を開ける。
「瑠生、おかえり」
咲希の声は聞こえたのに、姐さんたちの影になって見えない。
足を忍ばせて近づくと、あでやかな振袖姿の咲希が現れた。
「……咲希、お前——」
「何よ、似合わないって言いたいの?」
おしろいに赤い口紅を乗せ、目の縁を赤く染めあげている。
赤色の振袖に白い半衿で、とびきりきれいな半玉に仕上がっていた。
「めちゃくちゃきれいだ。お前、化けたな」
「るーい、ひと言多いって。でも、さんきゅ。急いで帰ってきてくれたんでしょ」
幼馴染だと表情や仕草でもわかるのか。それとも芸者の修行の賜物なのか。瑠生の気持ちが伝わっていた。
制服を着ていたころより、ずっと大人に見える。
「今まで仕込みっ子頑張ったね、小桃。今日からは私らと一緒にお座敷頑張ろう」
梅ちえの掛け声で里菊も、うんうんと頷いている。
「すぐお座敷があるのか?」と、瑠生が聞くと、照れた顔で、そうなのと咲希が言った。
「お座敷の前に、『
梅ちえが両手にのひらを上に向け、やれやれといった顔で教えてくれた。
「うわー、初日からハードだな」
「そうなのよ。もう昨日は眠れなかったし、緊張でサンドイッチ半分だけで胸がいっぱい。だって、一人で踊るんだよ」
「大丈夫だろ。めちゃくちゃ練習してたんだし」
「瑠生の方が完璧に踊れるもん。高校生になってもお稽古続けてるんだから。私より絶対上手いもん。ねえ、代わりに踊ってよ」
「俺が踊っても意味ないだろ、咲希のお披露目なのに」
「小桃。あんたも上手くなったけどさ、瑠生の踊りと比べちゃだめ。この子のは生粋の踊りっていうか。堂に入ってるっていうか、なんか『血』を感じるのよね。おまけに高校生になって、ますます美人になっちゃってさ」
わかる、わかると、咲希も里菊と一緒になって頷いている。
「立派なDKになっちゃったけど、可愛いさが艶っぽさに変わって、それでいて純粋で凛としてるっていうか。美しすぎてため息が出ちゃうのよね」
「わかりますっ。中学のときは私の方が背も高かったのに、今は見上げる方だし、ムカつくくらい美人だし。なんか、ずるいっ」
「ず、ずるいって──むちゃくちゃ言うな、咲希は」
「まあ、まあ。瑠生のこの顔は今に始まったことじゃないし。でも、そうはいっても男子高校生。遊び盛りでお天道様に晒されてるのよ、お肌はきっと荒れほうだ──ちょっと、やだ。何よこのモチ肌にスベスベの触り心地はっ。悔しいったらないわねっ」
瑠生の頬を触っていた里菊が、まるでもちをこねるように両手で摘んでくる。
散々触ったあとは、ギャク漫画のように、キーッとハンカチを噛み締めた。
「ぶはっ、何、里菊の顔。あんたこそ面白さに磨きをかけたわね」
梅ちえと咲希が爆笑していると、でしょ? と、里菊が誇らしげに胸を張っている。
「もう、俺をネタにして遊ばないでくれ。イジられるのは宇多師匠だけで十分だ。それより時間はいいのか」
時計に目を向けると、三人が口を揃えてヤバいと顔をひきつらせている。
慌てて身支度をして廊下をバタバタと進み、玄関で草履に履き替えると、最後に三和土に降り立った咲希がぽっくりを履いて瑠生と桔梗の方を見上げた。
「お母さん、瑠生。行ってきます」
凛とした笑顔で咲希が言うから、瑠生も背筋を伸ばした。
「気張って来い。でも力みすぎんなよ」
そう言って片目を
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