まず始めに、本作は「珈琲を味わおう」というエッセイではないです。
ものの例えとして珈琲を引き合いに出しての、ちょいと深めの思考をするタイプの内容です。
タイトルで誤認しないよう、あらかじめ。
ちなみに私は馬鹿舌なので、豆や焙煎、抽出等々の違いがほとんどわかりません。
ついでに言えば、ブラックが飲めないので砂糖をドバドバ入れるお子様舌です。
世の中は便利になり、それと同時に求められるものの水準も異様に高まるようになってきました。
とにかく結果を出すこと、それを迅速に出すことばかりが是であるような風潮が、ここ数年で加速度的に高まっているように感じます。
YouTubeでのショート動画の隆盛などは最たる例で、インスタントに「面白い部分を短時間で得る」という結果部分(快楽)を、膨大な数提供してくるわけですね。
ただ、これはただの「消費」、もっと言えば「浪費」なわけです。
何故なら、自分の中に落とし込み理解する、というプロセスが抜け落ちているからなんですよね。
同様のことはAIに関しても言えます。
短時間で膨大な量の思考を行い、ショートカットで答えを出す。
このシステムは確かに便利ではありますが、その一方で人から「思考する」「学ぶ」といった機会を奪っているわけです。
きちんと学び思考するというのは確かに努力を要する苦労なわけですが、だからこそそこに一定の達成感があり、それが知的好奇心の充実……「楽しさ」に結び付くわけです。
そして、学んだ知見の先にまた新たな思考と知見があり、楽しみを伴ってサイクルが回っていく。
平たく言えば、どんどん賢くなっていくわけですね。
しかし、人の学習能力というのには個人差はあれど、それなりに長い時間を要します。
その為、時間短縮とばかりに結果だけを求め、その賢くなるためのプロセスをAIによって奪ってしまったら……まぁ、思考が短絡なお馬鹿さんが量産されますわね。
それでいて本人は賢いつもりなのだから世話がないです。
長々と語りましたが、本エッセイでは、そんな思考することの楽しさや必要性を珈琲に例え、それこそ珈琲の抽出のようにじっくりと説いております。
知的好奇心をビシビシ刺激するような内容になっておりますので、じっくり時間をかけて楽しんでいただければと思います。
そしてこの楽しみは、AIで結果だけを求めるタイプの人には、決して理解ができないことでしょう。
その辺の優越感も感じ取っていただければ、と思います。
でも……。
人が悩んで、迷って、時間をかけて考えることまで、全部AIに任せてしまっていいの?
作者様はそこに強い疑問を投げかけています。
すぐに答えが出ない時間や、遠回りして考える時間は、一見ムダに見えるけど、実はその時間こそが心を育てる時間であり、人間らしさそのものなのかもと。
アニメの必殺技が、溜めがあるからこそカッコいいように物語や人生も、時間をかけて積み上げるからこそ感動が生まれる。
ボタン一つで出てくる答えでは胸は震えない。AIは道具として使えば最強。
でも感じること、悩むこと、愛すること、物語を生み出すことは人間にしかできない。
作者様はこう伝えたいのではないでしょうか?
便利さに流されず、考える時間を大切にしよう。ゆっくり淹れたコーヒーみたいな物語を、自分の手で作ろう!!と
今の時代だからこそ響くメッセージ作品です。
此方のエッセイを拝読して驚きました。
作者様の個性であった「文字の壁」が消失しているではありませんか。
そして「壁」の消失後、語られたことは。
珈琲。だけではありません。
キ◯バ◯ラ。だけでもない。
(此方へいらした経緯にもなかなか興味深いものがありましたが)
その先にある深遠なる哲学。
ソクラテス。
更にその先にある、今私たちを取り囲んでいる、あの──
最後に珈琲に戻る。
しかし珈琲の香を思い浮かべ
「明日は久し振りにお気に入りのアレ、飲んでみようか」などと寝る前にあれこれ考えつつ、拙い頭の中に遥か2400年前に生きたソクラテスの顔も妄想しつつ、やはり文字の壁の消失に茫然としている自身がいたのでした。
消失した壁は、我々を何処に誘うのか。